第17話
昇降口で肝試しツアー客用のスリッパを履き、懐中電灯で学校の廊下を照らした陸は。
「……これは、中々に」
風情があるな。と、唾を飲み込んだ。
肝試しなんて観光客ばかりで楽しめるものではないと今まで考えていた陸は、今回が初めての肝試しであり。
「ひ、平原さん……、か、懐中電灯もう一つありますよね? そ、それ、うちに貸してくれません?」
夜の学校の雰囲気に飲まれ、声を震わせている因幡も自分と同じで、初めてなのだろうと考えながら陸はもう一本の懐中電灯を因幡に渡した。
「あ、ありがとございます……」
「俺の記憶では確か、因幡ってお化けとかそういうのを信じてなかったような気がするんだが……」
「し、信じてませんけど、暗いところは不安になりますし、もし、ここでいきなり大きな音が聞こえたら、うち、絶叫しますよ。お化けを信じてなくても、人間は刺激に反応するようにできてますから」
まあ、確かにそうだな。と、因幡の発言に陸は頷いてから、他の二人の様子はどうだろうかと、後ろでスリッパに履き替えていた夢岸とエントに視線を向け。
「あ、りくちゃん」
陸は肝試し開始五秒でエントの腕に抱きつくことに成功した夢岸の姿を目にすることになった。
「――――」
「って、平原さん、急に黙らないでくださいよ、どうかしたんです――――あ」
そして、因幡も陸と同じようにエントの腕に抱きついている夢岸を視認し、言葉を失った。
この肝試しは夢岸がエントに抱きつくためのシチュエーションとして利用することが最大の目的であり、それがスタート直後に果たされてしまったのだ。
陸は縁果がエントを演じているのなら、人との直接的な接触を極端に嫌がっていた縁果は夢岸に抱きつかれそうになったら、避けようとすると考えていた。
だが、今のエントは夢岸に抱きつかれても堂々としており、嫌がっているようにも見えなかった。
「……」
そんなエントを見て、陸はこう判断せざるを得なかった。
姉は演技をしているのではなく、自分のことを別世界からきたロボット、エントであると心の底から思い込んでいるのだと。
「……平原さん」
そして、陸が複雑な感情を抱いたまま、夜の学校の雰囲気に目を輝かすエントを見つめていると因幡が小さな声で話しかけてきた。
「……ここに来た目的はもう果たされてしまいましたけど……、肝試しは中止にして帰ります?」
「……」
その提案を受け、陸はぎゅっと強く目を瞑って考え込み、暫く経ってから、ゆっくりと首を横に振った。
「……肝試しの話を聞いて、姉さんも楽しみにしていたし、学校内をある程度見てから帰りたいと思う」
最悪、これが姉さんと遊びに行った最後の記憶になるのかもしれないと考えた陸は、既に結果は出てしまったが、それでも肝試しを続けると決めた。
「悪いが因幡、付き合ってくれるか?」
「……わかりました。乗り掛かった船です。今日一日は平原さんに付き合います」
そして、自分の我が儘に最後まで付き合うと言ってくれた因幡に陸がありがとうと感謝の言葉を述べると、因幡は小さく笑ってから、夢岸とエントに近づいていった。
「海さん、この銅像は何ですか? 何やら楽しげに笑っているように見えるのですが」
「えー、えんちゃんには笑ってるように見えるのー? わたしには泣いているように見えるんだけどなー」
そして、肝試しの受付設営の邪魔になるからという理由で十年以上前に外から昇降口に入れられた過去を持つ銅像を肴にし、カップルのように盛り上がっている夢岸とエントに因幡は声をかけ。
「海、それにエントさん。いつまでもそんな汚い銅像を見ててもしかたないでしょ。学校で行きたい場所とか、何か希望はありませんか?」
二人に、学校の中で見たいところはないのかと尋ねると。
「あ、はーい! わたし、学校の七不思議を体験したいんだー」
夢岸が夜闇に輝く星のような明るい声で、そう叫んだ。
――――学校の七不思議。それは平成十年頃の小学校には必ずあったと言われている、身の毛もよだつ、とても恐ろしい、七つの不思議。
それは平成十年を再現したこの町の小学校にも、確かに存在していた。
学校の七不思議、その一。――――屋上に繋がる階段が十二段から、十三段に増える不思議。
「……じ、十二段でしたね」
学校の七不思議、その二。――――悪魔の合わせ鏡。
「……そもそもこの学校、合わせ鏡ってありましたっけ?」
学校の七不思議、その三。――――開かない四番目のトイレ。
「開きますね。あ、平原さん、ちゃんと手を洗ってくださいね」
学校の七不思議、その四。――――夜な夜な動き出す理科室の人体模型。
「ダメです。鍵が掛かってますね。ここは観光客用の肝試しツアーに参加しないと入れない場所なんだと思います」
学校の七不思議、その五。――――家庭科室に……。
「……んー、あと三つ、何だったか思い出せないな。悪い、夢岸、教えてくれ」
「それが、わたしも忘れちゃって……。こういう話は好きだから覚えてた筈なんだけど……、体育館で何かあったようななかったような……」
「あ、うちには聞かないでくださいよ。この小学校には一年しかいなかったせいか、七不思議の存在を今日、初めて知ったぐらいですし」
「もちろん、私もわかりません!」
「そっか。じゃあ、いったん、七不思議巡りは中止にして、どこかの教室で休むか。……ここからだと三年の教室が近いな。俺は二組だったけど、夢岸って何組だったっけ?」
「わたしも二組だったよー」
「あ、そうだったな。昔、同じ机の傷の話で盛り上がったこともあったもんな。じゃあ、二組に行くか」
「うん。懐かしいなー、まだあの頃は……」
…………。
…………。
…………。
…………。
こうやって、不思議とは忘れ去られていくのである。
寂しいなあ。
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