大人も子供も信じていた怪談話

第16話

 夜の帳が下り、星々が輝き始めた時間帯。蛍光ランプの街灯の下を陸とエントは歩いていた。

 昼間の話し合いで、夜の学校に肝試しに行くということになった陸たちは、夜八時に学校の校門前で集合するという約束をして、因幡の家に泊まる予定だという夢岸以外は一度、自分の家に帰った。

 そして、エントと共に家に帰った陸は仕事中の父親に電話をかけ、引き籠もっていた縁果が外に出たいと言ってきたので、一緒に外を散歩したということを話した。

 事後報告であったため、怒られる可能性もあると思っていた陸であったが、父親は怒るという発想すらなかったらしく、電話口で縁果と陸を心配する言葉を並べ続けた。

 そして、そんな優しくも弱い父親に陸は、明日の夜に一席設けるからそれまでは縁果をそっとしておいて欲しいとお願いし、今日の夜にもう一度、縁果と共に外に出るということを話して電話を切った。

 ……父さん、明日は一日中、仕事が手につかないだろうなあ。

 けど、頑張って欲しい。俺も頑張るから。と、陸は父親を思いながら、前を歩くエントに視線を向け。

「学校での肝試し。当たり前ですが初めての経験なのでワクワクします!」

 男二人を必死にさせているということを微塵もわかっていない、ある意味魔性の女と化しているエントのその呑気な発言を耳にし、陸は苦笑した。

「エントはロボットなのに幽霊とか妖怪を信じているのか?」

「信じるというよりも、この地球にはまだ存在していると理解しています。幽霊や妖怪というものは、嘘と未知の別名ですから」

「……嘘と未知?」

「はい。人を引き寄せるためや災難に気をつけて欲しいという思いから来る、嘘。理解できないものを目にする、未知。それらが幽霊や妖怪であるのだと把握しています」

「はは、幽霊や妖怪を嘘とか未知で片付けるのは、少し夢がなさすぎじゃないか?」

「いいえ、むしろ逆です。嘘と未知にはが溢れているんです。私の地球には、嘘と未知はもう存在していません。ですから、この地球でそれらを観測できることが、――――とても嬉しいんです」

「……」

 独特の考え方を語り、嬉しそうに微笑むエントを見て、否、それ以前に一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、縁果が演技をしているとは思えなくなってきた陸であったが。

 ……やれることはやってみよう。

 予定していたことを取りやめることはせず、陸は当初の予定通り、エントと共に学校を目指して歩き続け。

「あ、来ましたか」

「おーい、ここだよー」

 既に学校の校門前にいた夢岸と因幡の二人と合流した。

「悪い、待たせたか」

「ううん、わたしも今来たところ」

「はいはい、そういうのはいいですから、さっさと入りましょう。平原さんのお姉さんも……失礼、エントさんも、それで良いですか?」

「ええ、もちろんです」

 そして、校門前で軽く挨拶をした四人は、ここにいる全員が卒業した小学校へと入っていった。

「それじゃあ、まずは受付に行こうか」

 そして、歩きながら陸が言葉を零すと、夢岸と因幡はすぐに頷いたが、エントだけその言葉の意味を理解できずに首を傾げた。

「? 陸さん。受付とは一体……? 肝試しとは、こう、昼の間に一階の教室の窓の鍵を開けておいて、夜にそこから侵入して遊ぶ行為だと記憶しているのですが」

「……何というか、エントの知識って、ビックリするぐらい偏ってるよな」

「あはは、それはとっても大冒険だけど……」

「まあ、犯罪行為ですね。実際の平成十年の頃にはお目こぼしがあったのかもしれませんが、今は厳しいと思います。平成十年町のルールを守って肝試しをしましょう」

 平成十年町のルール……? と、頭から疑問符を出しながらエントが歩いていると、その答えとなるモノが見えてきた。

 昇降口付近に運動会の時に使われるようなテントが張られており、陸は躊躇なくテントの中に入り、すみません、と声をかけた。

「――――あい、いらっしゃい」

 するとテントの中でラジオを聞きながら談笑していた六十代と思われる二人の女性のうちの一人が、陸の前に立った。

「予約の団体のお客様……ではなさそうだし、みんな若いわね。もしかして、町の?」

「あ、はい。今、大丈夫ですか?」

「二十一時半から団体のお客様の予約が入ってるけど、今はだーれもいないよ。カップルってわけじゃなさそうだけど、楽しんでらっしゃい。それじゃあ、現住所の書かれた保険証か何か見せてくれるかい?」

 そして、女性から保険証等の提示を求められた陸は、家族全員分の保険証や診察券などを入れてあるカードケースから持ってきた自分と縁果の保険証を見せ、夢岸と因幡もそれぞれの保険証を女性に提示した。

「あい、確かに。住民割引で前の三人は二百円、後ろのお姉ちゃんは四百円ね。……あい、毎度あり。懐中電灯は二本でいいかい?」

 帰る時、ちゃんと返しに来てね。と言われ、懐中電灯を二本手渡された陸は女性に軽くお辞儀をしてからテントを出て、テントから少し離れたところでエントに話しかけた。

「まあ、もう大体想像がついていると思うけど、この町で肝試しは商売になっているんだ」

「それはここが平成十年を楽しむための観光地であるから、ということですか?」

「ああ、そうだ。夏休みの間、この町の小学校は夜、観光客の肝試しツアーのために開放されている。夏の繁忙期だから観光客でいっぱいかもしれないと少し不安だったが、町外れでやっているイベントに人が集中してるみたいだな」

 これなら肝試しの風情も守られているだろう。と思った陸はエントの期待に完全には答えられなくても、及第点はもらえるんじゃないかと考えたが。

「ん、ん、んー……」

 この肝試しはいまいちお気に召さなかったか、エントは変な唸り声を上げて想像と違うと頬膨らませており、そんなエントの姿を見て、陸は苦笑した。

 そして、それから陸達は、実際に行ってみればきっと楽しめるさ。と、ちょっとだけ不機嫌になったエントを宥めながら、昇降口に向かって歩き始めた。

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