第13話

「――――絶対に病院に連れて行くべきですよ」

 エントのとんでもない自己紹介を聞き終えて、因幡は開口一番そう言い放ち。

「……まあ、そうだよな」

 陸はその因幡の発言に力なく頷いた。

 今、陸は夢岸と因幡と三人で会話をしていた。

 エントには陸が友人同士で話したいことがあるからと言って。

「――――くぅー……! シュワシュワです……!」

 近くの駄菓子屋で買ったラムネを与えて、少し離れた場所で待って貰っている。

「えんちゃん……」

 そして、炭酸の感覚を無邪気に楽しんでいるエントを悲しそうに見つめる夢岸の横顔を見て、因幡はより一層語調を強めて言葉を続けた。

「……まあ、そうだよな。――――じゃないですって……! それが一番、ベストです! 平原さんのお姉さんは頭が良くて無口な方だと海から聞いていましたけど、今のあの人はそんな感じ一切しませんよ! ……失礼だとは思いますけど、ハッキリ言わせて貰いますね。さっきのあの発言、本気で言っているんだったら、かなりヤバいですよ。町の外の病院に連れて行くのが、あの人も、周りも不幸にならない最善手です」

「……」

 正論だ。と、因幡の発言を聞いて、陸は心の中で頷いた。自分も第三者の視点からこの問題を見ていたら、今の因幡のような答えをすぐに出していただろうと。

 だが、陸はこの問題に対して、己の中の甘えや葛藤を捨てきれず、もしかしたら、という希望も抱いている。それ故に、エントをここまで連れ出したのだが……。

「――――」

 因幡の真剣な、自分や夢岸を心配するその瞳を見て、陸は決意が揺らぎ、余計なことはせずにこのまま家に帰って父親に連絡をし、病院に連れて行くべきかと考え始めた、そんな時。

「――――そうは思わなかった」

 陸のその思考を否定するような言葉が紡がれた。

 それは、陸が無意識のうちに呟いた言葉、ではなく。

「……夢岸?」

 真剣な表情をした夢岸海が陸の口調を真似て語った言葉だった。

 先程まで離れた場所でラムネを飲んでいるエントを見つめていた夢岸が、いつの間にか陸に視線を向けており、夢岸は真剣な表情のまま、再び口を開いた。

「そう思わなかったんでしょ、りくちゃんは。顔も知らない誰かにえんちゃんを任せる前に、わたしたちでえんちゃんのためにできる良い案を思いついたから、ここに来たんだよね?」

 それを聞かせて? と、怯える子供をなだめるような優しい口調で夢岸は陸に思っていることを話して欲しいと語り。

「……ああ、わかった」 

 その夢岸の言葉に勇気付けられた陸は、余計なことと切り捨てようとした案を説明することにした。

「俺たちが家から出たのは、姉さんが望んだからだったが、俺が二人を、夢岸を探したのは確かめたいことがあったからなんだ」

「確かめたいこと……?」

「ああ、姉さんが、自分のことを別世界から来たロボットだって本気で思い込んでいるんなら、俺たちにできることは何もないかも知れない。けれども、あれがもっと簡単な問題であるのならば、俺たちでどうにかなるかも知れないと思ったんだ。そう、例えば今日の姉さんの言動の全てが……」

「――――演技だったりしたら。ということかな……?」

 そうだ。と、夢岸の言葉を陸が肯定すると、今まで訝しげな表情をしたまま陸と夢岸の会話を聞いていた因幡が、なるほど、と頷いた。

「少々乱暴な方法ですが、演技であるのならそれを暴いてしまえば、元に戻らざるを得ませんか。確かにそれなら、うち達にもできることがありそうな気もしますが……。あの、平原さん。それに、海。うちは二人ほどあの人と付き合いがないから断言はできないんですけど、うちにはあの人、本気の目でさっきの話を語ってたように見えたんですが……、二人には違う風に見えてたんですか……?」

「いや、本気の目だった」

「本気の目にしか見えなかったなー」

「じゃあ、ダメじゃないですか……!」

 まあまあ、と、絶叫する因幡を夢岸が落ち着かせながら、視線で話を先に進めるように促してきたため、陸は言葉を続けた。

「確かに姉さんは本気で喋っているようにしか思えない。けれども、姉さんには空白の二年半がある。その間に姉さんが舞台女優も真っ青な素晴らしい演技を身につけていたのなら、実の弟や幼馴染みを誤魔化すことも不可能ではないはずだ」

「……平原さんのお姉さんって、寡黙な人って聞いてましたけど、昔から演劇の道を目指してたんですか?」

「……因幡。ぶっちゃけるとな、喋れば喋るほど自信がなくなるし、願望全開だってことも理解しているんだ。けどな、ここまで話したんだ。取り敢えず、最後まで話させてくれ……!」

 あ、はい。と、もう後に引けなくなっていた陸の勢いに押された因幡が口を閉ざしたのを確認してから、陸は再び話し始めた。

「それで俺は考えた。姉さんのあれが演技だとするのなら、それを破ることができるのは誰かと。……そこで思いついたのが、夢岸だったんだ」

 そして、陸は夢岸の瞳を見つめて。

「夢岸、姉さんのために――――お前の力を貸して欲しいんだ」

 過去に大騒動を引き起こした夢岸の力を借りたいと語った。

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