第12話

「……」

「……」

 ――――助けて欲しい人がいる。そう陸に頼まれた二人の少女、夢岸海と因幡代は陸に案内されるまま、ほんの少しだけ歩いて、道の角を曲がり。

「――――え」

「こ、これは……」

 二人は――――。

「ん、ん、んー! や、やっぱり出られません……! あ、人の気配……! 陸さん、戻ってきてくれたんですか! 陸さーん……!」

 塀と塀の間に挟まって、身動きが取れなくなっている成人女性の姿を目にすることになった。

「……わー」

「……ちょっと、コメントしづらい光景ですね、これ」

 陸がいなくなってから自力で脱出をしようとしたのか、顔が反対側を向き、顔が見えないその女性の姿を見て、二人の少女は何とも言えない表情を浮かべた。

「……えっと、平原さん。あなたの言った助けて欲しい人って、この奇抜な髪色をした奇矯ききょうな女性のことでいいんでしょうか? ……確かにこの人を助け出すとなると、身体の色んな場所を触らなくちゃいけなさそうですから、男性のあなたが助けたら、後で訴えられそうですもんね……」

「んー、わたし、力無いからうまくできるかなー……。……あれ? そういえば、さっきの声、聞き覚えがあるような、ないような……」

 そして、呆れたような表情をしながらも女性の状態の確認をし始めた因幡と、ストレッチをしながら何かを思い出しそうとしている夢岸の迅速な動きに感謝の気持ちを抱きながらも、陸は二人にストップと声をかけた。

「二人とも、ありがとう。確かに俺が助けて欲しいといったのはあそこで挟まってる人が関係してるが、二人に力を貸して貰いたいのは、あの人があそこを出てからなんだ」

「……出てから?」

「ああ、あの人には自力であそこから出て貰う。俺も昔、迷子の犬を追っかけていた時に、こういう場所で身動きが取れなくなった経験があるからわかるんだが、案外、本人の力だけでどうにかなるんだよ」

 少し、アドバイスをしてくる。と、陸は頭から疑問符を出している二人をその場に残し、エントのもとへと駆け寄った。

「あ、陸さん! 陸さんがいなくなってから、どうにかして出ようと試みたものの、余計動けなくなりまして……。あの、人間の身体って、一度分離してから再び合体するような機能ありませんでしたっけ……!? オープン・ヒューマン! って感じの……!」

「人間にそんな機能は無い。……そうだな、エント。まずは左足をちょっと上に上げてみるんだ」

「え? あ、はい……」

「よし。それじゃあ次は腰を動かせるだけこっち側に動かしてくれ。それが終わったら右腕を……」

 そして、エントに近寄った陸はテキパキと指示を飛ばし。

「……なんと、こんなにも容易く……」

 あっという間にエントの身体が塀と塀の間から解放され、そのあまりの手際の良さにエントは感謝の言葉も忘れ、ただただ感動し続けた。

「……ふう」

 そして、エントの脱出に貢献した陸は軽く息を吐いてから。

 ……さて。

 ここからが本番だ。と、気合いを入れ直し、この場所に連れてきた二人の少女に視線を向けた。

 すると。

「あ、あ、あ……」

 微笑みの下に別の感情を隠すことが得意な夢岸が珍しく驚きの感情を前面に出しており、その夢岸の様子を因幡が少し不安そうに見つめていた。

「あ、平原さん! ちょっといいですか。そちらの方の顔が見え始めた頃から、海の様子がおかしいんですけど……、なんでかわかります?」

「……ああ、わかる。夢岸が彼女のことを知ってるからだ」

「え? あの人は海の知り合いなんですか? ……そういえば、うちもこっちに越してきて、平原さんと一悶着があった頃に、あの人のことを見たことがあるような……」

 そして、幼馴染みの夢岸と違い、数回しか顔を合わせたことがなく、殆ど話したこともない筈の因幡までも彼女の顔を覚えてくれていたことに陸が心の中で感謝していると。

「あの、陸さん……? こちらの方々は……?」

 塀と塀の間から脱出できたことに対する感動が落ち着いたエントが陸の隣に立ち、夢岸と因幡の姿を見て首を傾げたので、陸が二人のことを説明しようとした、その時。

「あ、あ――――」

 至近距離でエントの顔を見た夢岸が大きく口を開き。

「――――えんちゃんだー……!!」

 縁果の愛称を町中に響き渡るような大声で叫んだ。

「えんちゃん……? それって確か、平原さんの引き籠もりのお姉――――」

「えんちゃん、すっっっっっっごく、久しぶりだね! 元気そうでよかったー! ……ところで、りくちゃんのことを、なんで陸さんなんて呼び方してるの?」

 そして、夢岸の叫んだ言葉から、白髪の女性の正体に気づいた因幡だったが、本人の前で言って良いのかわからない微妙な言葉を思わず口にしてしまってからは喋らなくなり、それからは夢岸がひたすらに喋り続けた。

 ただ、その内容が、なんで白髪なの? なんでりくちゃんにエントって呼ばれてるの? なんで会いに行っても会ってくれなかったの? と、質問の連発であったため、どう答えるべきなのかと、エントは曖昧な笑みを浮かべながら、陸に視線で助けを求めた。

 そして、エントに助けを求められた陸は軽く咳払いをして夢岸の言葉を止めてから、ゆっくりと口を開いた。

「エント、この二人は俺の友人だ。さっきからよく喋ってるのが、夢岸海。もう一人の子が、因幡代だ。二人には無理に素性は隠さなくて良い。俺と話すように話してくれ」

「あ、そうですか、わかりました。――――初めまして、海さん、代さん。私はエントと言います。短い間になるかもしれませんが、暫くの間、よろしくお願いします」

「……え?」

 初めまして……? と、エントが語った言葉の意味がよくわからず、夢岸はきょとんとした顔になり、因幡は視線で陸にどういうことか説明をするように促した。

 そして、そんな二人の様子を見て、陸は少し申し訳ない気持ちになりながらもエントに一番大事な指示を出すために声を上げた。

「エント、君の方で問題がないようなら、二人に自己紹介をしてくれ。……俺に話してくれたように」

「あ、はい。わかりました」

 そして、陸の指示を受けたエントは二人の少女の前で、語り始める。

「――――私はエント。正式名称は傑作機エントと言います。元アーリーズの四位、今は創者と名乗っている存在に造り出されたモノです。私が造られた時には既に地球は『本当の命のない世界』になっており――――」

 妄言としか思えない、地獄のような自己紹介を。

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