第11話

「おい! 二人とも、待ってくれ……!」

 変になった姉の現状を見極められるかもしれない人物を追うために陸は大声を出しながらドタドタと大きな足音を立てて走り出した。

夢岸ゆめぎし因幡いなば――――!」

 そして、陸はそこにいるであろう二人の名字を声に出しながら、角を曲がり。

「――――」

 陸は、可愛らしいお姫様と黒装束の女騎士を目にした。

 もちろん、それは夏の暑さが見せた一瞬の幻。そこにいた二人の人物の関係が姫と騎士の関係に近いものであると陸が常々思っていたからそう見えたのだ。

 そこにいたのは、ノースリーブのワンピースを着たサイドアップの少女と、黒の半袖を着て、深緑のショートパンツと黒タイツを穿いているポニーテールの少女だった。

「あ……」

 ワンピースを着た少女は突然現れた陸に少し驚いたようだったが。

「――――りくちゃんだー。お昼過ぎだけど、おはよー。家の近くじゃないところで会うの、なんか久しぶりだねー」

 ワンピースを着た少女は、陸のことを笑顔で迎え入れた。

「……」

 だが、ワンピースを着た少女の隣にいた、野外のライブ会場に行くような格好をした少女は、ショルダーバッグに手を入れたまま、陸を睨み続けていた。

 しかし、暫くして。

「……はあ」

 いらついたからといって、意固地になっても仕方がないか。と、その少女は呟き、表情を和らげ。

「……危害を加えるような変質者ではないですしね」

 ポニーテールの少女は敵意のない瞳で陸を見つめた。

 そして、ポニーテールの少女に見つめられた陸は。

「ああ、夢岸。遊んでるとこ、悪いな。少し話が……」

 そもそもの目的の人物であるワンピースを着た少女夢岸に視線を集中させていたので、ポニーテールの少女が睨んだことも、表情を和らげたことにも気づいていないのであった。

「……!」

 そして、その事実に気づいたポニーテールの少女は、自分の中に生まれた怒りに近い感情を制御できず。

「あのっ!!」

 ポニーテールの少女は大声を出しながら、ワンピースを着た少女の前に立つことで陸の視界に無理矢理入り込んだ。

「お、おう、因幡、どうした?」

「……平原さん。うち、今、結構怒ってるんだけど、なんでかわかります?」

「え? ……あ、もしかして、さっき俺に何か話しかけてくれたか? 悪い、無視するつもりはなかったんだが……」

「――――違います。うちは平原さんを見つめてもいなければ、微笑んでもいません」

「……? 話しかけたんじゃなくて、微笑む……?」

「ゴホン。いいですか。うちが怒ってるのは、平原さんの声のかけ方についてです。平原さん、あなたさっき、姿の見えないところで急に大声を出して、こっちに向かっていきなり走ってきましたよね。誰かわからなかったから、うち、本物の変質者かと思って、ちょっと警戒したんですよ」

「――――あ」

 そして、ポニーテールの少女が、一番最初に感じた苛つきの理由を言葉にすると、陸はすぐに自分の行動が配慮に欠けてたことに気づき、二人の少女に頭を下げた。

「すまん。本当に悪かった。自分の都合で頭がいっぱいで……いや、とにかく、すまなかった……!」

「……ふん、わかればいいんです。今後はこういうことしないでくださいね」

 と、陸の謝罪を受け取ったポニーテールの少女はショルダーバッグを少しだけ開けて、そこに元号町の住人は持ち歩かないように言われている最新のデバイスが入っていることを陸に見せつけた。

「次、同じ事をしたらこれで通報するかも知れませんよ?」

「それは大丈夫だ、同じ失敗は絶対にしない。……それと因幡、女の子がそれを持ち歩くことは俺個人としては大賛成だが、緊急時以外はバッグから出すなよ。色々と五月蠅いからな」

「もちろんです」

 うん、ならいい。と、陸とポニーテールの少女との会話が一段落ついたそのタイミングでワンピースを着た少女がポニーテールの少女の後ろから顔を出し、陸に笑顔を向けた。

「ごめんね、りくちゃん。しろちゃんって好きな人ほど構っちゃうから、りくちゃんのこともたくさん構っちゃうんだよねー」

「ばっ……!? あんた、急に何言ってんの!? そんなわけないでしょ……!」

「はは、そうだぞ、夢岸。因幡は俺が夢岸の幼馴染みだから話してくれてるだけで、俺のことを好いてくれてる、なんてことは有り得ないさ」 

「――――あなたも即座に否定しないでください……!」

「え」

 え、えー……。と、援護をしたつもりだったポニーテールの少女に怒鳴られ、陸がわけがわからないと落ち込み、意気消沈すると、ワンピースを着た少女が楽しそうに笑った。

「ふふ、りくちゃんのそういう顔見るの凄く久しぶりな気がする。りくちゃん、誘っても最近、全然遊んでくれないから」

「……そりゃあな。互いの年を考えろ。高一と中三の男女が小さい頃のように毎日一緒にいたら、そういう関係にしか思われないだろ」

「ふーん、まあ、そうだと思うけど。……ま、いいや。このお話はお終いにしよ。それでりくちゃん。最近は挨拶ぐらいしかしてくれない高校一年生のりくちゃんは、わたしに何の話があるのかな?」

「……」

 あ、こいつもこいつで怒ってる。と、ワンピースを着た少女の甘く優しい声の下に棘を感じた陸は、心の中で大きくため息を吐いた。

 ……ちょっとした会話で二人とも怒らせるとか、駄目すぎだろ、俺。色々と自信をなくしそうだ……。……けど。

「――――」

 今は俺の気持ちなんかよりも優先しなければならないことがある。と、姉の顔を思い浮かべ、気持ちを切り替えた陸は、幼馴染みであるワンピースを着た少女、夢岸海と、彼女の親友であるポニーテールの少女、因幡しろの顔を交互に見てから、深々と頭を下げ。

「夢岸、因幡、いきなりの話な上に手前勝手なのは重々承知しているが、――――手を貸して欲しい。……二人に助けて貰いたい人がいるんだ」

 陸は一つ年下の二人の少女に、助けて欲しいと懇願した。

「助け……?」

「……どうしたんですか? なんか、マジっぽいですけど」

 そして、突拍子もない話ではあったが、その陸の真摯な態度を見て、ただ事ではないと感じた二人の少女が次の陸の言葉を待っていると。

「……ちょっと、こっちに来てくれるか」

 二人が話を聞いてくれると判断した陸は、エントのもとに二人を連れて行くことにした。

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