第10話

「あー、そうだな、その説明は……エント、右側の自販機の前にいる夫婦見えるか?」

「はい、見えま……あの五十代と思われる男性の方、自販機のお釣りで出てきた硬貨を持って大興奮してますが、あれは一体……?」

「ん? ああ、たぶん、ギザ十でも出てきたんだろう。特別通貨のギザ十とはいえ、貴重なのは間違いないし……って、話がズレた。エント、あの夫婦のいる道、見る角度を変えると色が見えたりしないか?」

「え? ……あ、本当です。少し赤く見える角度があります」

「そう、この町にはあんな風に特殊な塗料が塗られてる道があるんだ。赤く見える角度のある道路が観光客用の道路。青く見える角度のある道路が住民専用の道路。で、何も塗装されてない道路が共用道路ってことになってる。それで観光客は緊急時かイベントの時以外は住民専用道路に入ってはいけないってことになってるんだ。道路が分けられている理由は、住民のプライバシー保護のためってのもあるけど、この町の住民も平成十年町という観光地の景観の一部だから関わらないで遠くから見るように。ってのが最大の理由だ」

「それは……、何というか、言い方が悪いかも知れませんが、見世物のようですね」

「そうだな、その通りだ。けどまあ、そういうのがあるから文化勤労金を貰えているわけだし、みんな納得してるさ」

 少なくとも俺は観光客の人たちの視線なんて気にもならないし。と、歩きながらエントの質問に答えた陸は何故か観光客のようにキョロキョロと周りを見ており、その様子を不思議に思ったエントは首を傾げた。

「あの、陸さん? この通りに来てから挙動不審になっているような気がするんですが……、何か危機が迫っていたりするんですか?」

「あ、いや、別に危機が迫っているわけじゃないんだが……」

 実は姉さんの目を覚まさせることができるかも知れないやつを探しているんだ。と、エントに言うわけにもいかなかった陸は、言葉を濁しながら目的の人物を探し続けた。

 だが、陸がこの辺りにいるだろうと推測した場所を幾ら探しても、その人物の姿は見つけられず。

 ……あいつはもう、駄菓子を頬張って、いつまでも道端で喋っているような子供ではなくなったというのか……?

 行動パターンが変わってしまったのか。と陸がその人物の捜索を諦めかけた、その時。


「だから、ほんとうなのー。さっき通っていったトラック、誰も運転してなかったんだよー」


 駄菓子よりもふにゃふにゃとした甘い声が陸の耳朶を打った。

 ……いた……!

「……エント、ちょっと一緒に来てくれるか」

 気の抜けたサイダーのような甘ったるい声が聞こえ、すぐ側の角を曲がったところに目的の人物がいることを把握した陸は、その人物にエントと共に会いに行こうとしたが。

「エント? ……エント?」

 後ろにいるはずのエントが幾ら呼びかけても返事をせず、その事を不思議に思った陸は視線を曲がり角から背後に向け。

「……エント?」

 陸は自分以外に誰もいない道路を見つめることになった。

「……消えた。……なんてことはないよな」

 けど、どこに行ったんだ。一瞬で遠くに行けるわけがないだろうし。と、陸はエントがそう遠くには行っていないだろうと考え、足は動かさず、目でエントを探すと決め、周辺を見渡すと、すぐに。

「――――」

「――――」

 陸はとんでもないところにいたエントと目が合った。

「……姉さん、何してるの」

 思わず陸はエントと呼ばず、姉さんと呼んでしまったが、今の彼女の醜態を見てしまえば、それも仕方のないことである。

 エントは今、猫が何とか通れるような塀と塀の間に入り込み、身動きが取れなくなっていたのだ。

 何故、こんな意味不明な行動を取ったのか。と、陸が視線で疑問を投げかけると、エントはとても真面目な顔つきで、けれども、かなり残念な格好のまま、理由を語り始めた。

「……すみません。ですが、緊急事態だったもので、可能な限り退避すべきかと思ったんです」

「……緊急事態?」 

「先程、ここをトラックが通ったという声が聞こえたんです」

「え? ああ、うん、確かに言ってた。俺も聞いた。……で? それが何?」

「トラックって――――トラッカー追跡者のことですよね!? この命が溢れている地球にもうトラッカーがいるなんて想定外ですって……!! 私、トラッカーに粉微塵にされたんです……!」

「……は?」

「私はトラッカー、特に大型の連中がシュナイトじゃなくても凄く苦手なんです……! 私の得意な電気攻撃が全然効かないから、相性が悪いんです! それにそもそもこの身体じゃ抵抗もできな……そういえば、今の私は人間でしたね。……この身体なら連中は私が傑作機であること、アーリーズの造った存在であることを認識できない……?」

「……」

 何言ってんだこいつ。と、一人で勝手にパニクって、一人で勝手に落ち着き始めたエントを見てそんな感想を抱いてしまった陸だったが、理由無き行動はありえないと陸は何故、エントがトラックを恐れたのか、その理由を考え始た。

 ……そういえば、異世界転生ってトラックに轢かれて別世界に行くってのが原点であり、王道中の王道なんだっけ?

 そして、自分の記憶の片隅に置かれていた知識を引っ張り出すことに成功した陸はエントという設定を考える際に異世界転生の王道を参考にしたのだろうと推測し、ため息を吐きながらもエントを救出するために、エントの身体のどこが引っ掛かっているのかを確認しようとした。

 そんな時、再び陸の耳に甘い声と、もう一つの声が聞こえ始めた。

「だから、しろちゃん、うそじゃないってー」

「あのね、うちはあんたが嘘をついたなんて思ってないし、言ってもないでしょ。見間違いか、ルール破りの自動運転車だったんじゃないのかって言ってるの」

「ううん、違うよ、しろちゃん。あれはきっとお化……」

「――――それは絶対にないから。……ほんと、あんたに限らず、この町生まれの人間ってそういう話、好きよね。引っ越し組のうちにはちょっと理解……」

  ……って、マズい。あいつらの声が聞こえなくなってきた。

 そして、会話をしている二人の人物がこの場からどんどん遠ざかっていることに気づいた陸は、挟まってるエントと曲がり角を交互に見比べ。

「悪い、エント、少し待っててくれ……!」

「え? あれ、陸さん、ちょっと、どこに行くんですかー……!?」

 短い時間ならば抜け出して勝手に動くこともないだろうと陸は判断し、エントをその場に残し、目的の人物を追いかけるために走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る