平成十年町に住まう人々
第9話
この時代の日本には元号町と呼ばれる観光地が幾つか存在している。
元号町が作られたのは、陸たちが生まれる前に感染症が原因で外国からの観光客が激減した時期があり、インバウンド消費に頼らない、日本人向けの新しい観光地を作ろうという計画が発端となっている。
国は過疎化した地域に元号町を作り、その後、様々な理由から失職した人たちに声を掛け、活気のない地域に雇用を生み出した。
そして、元号町という観光地が完成したのだが、最初は否定的な意見が多かった。
――――新しい観光地と言っておきながら、古いものを作るなんて、馬鹿げてる。
――――それって昔のアニメ映画の設定丸パクリじゃん。
――――国が作った観光地なんて誰も行かない。
等々、当時は国内外からこの計画は馬鹿にされ、元号町なんていう観光地は絶対に失敗すると言われていたが、元号町の運営は成功。黒字にならなかった年は殆ど無く、国に利益をもたらしている。
元号町が成功したのは懐古の感情が最大の理由であると専門家達は口を揃えて語っている。
そう、懐古とは恐ろしいほどに――――金になるのだ。
「――――で、その利益を出している元号町のうちの一つがこの平成十年町ってことなんだ。……こんな当たり前の説明はこのぐらいで十分だよな? 姉……エント」
「いえ、もう少しお願いします。利益が出ているとの話でしたが具体的には何で利益を出しているのですか?」
「それは色々さ。飲食、宿泊、観光、……あー、けど、普通の観光地に比べれば土産物の売り上げが凄いってのはよく言われている。平成十年頃に売られていた物の復刻版みたいなのが、この町限定で色々と売られてるんだけど、通販はしてはいけないってことになってるから、土産目当てで来る観光客がかなりいるんだ」
「どんな物を売っているんですか?」
「男性向け商品では、当時の変身セットとかTCG、後、特殊なメッキ技術を使ったプラモデルが売れてるって聞いたことがある。男性向きっていうより子供向きって感じだけどな。女性には服や育成ゲームが売れてるんだったかな……? あ、後は電子書籍化されてない本が売ってたりするから、本屋にも結構観光客が入ってたりするな」
「成る程。利益が出る理由は何となくわかりました。……そういえば、夏休みということもあるのでしょうが、子供の姿を多く見るような気がします。子育て世帯が多いのですか? この町には何か住むことによってのメリットが?」
「あー……、まあ、うん、平成の懐かしさに惹かれて住む人もいるけど大多数は……お金目当てで住んでいると思う。町の外に比べれば給料は安いけど仕事は結構あるし、何よりも文化勤労金の存在が大きいと思う」
「文化勤労金?」
「当時の文化を守ってくれているということで元号町に住んでいるだけで、毎月国からそこそこの額のお金が振り込まれるんだ。これがなかったら生活できないっていう家庭は結構あると思う。それに消費税を始め、税金関係も町の外に比べればかなり安かったりもする」
「住むだけで毎月お金が貰える。税金も安い。そんな好条件ならば住みたいという人間が殺到するように思えますが、人口密度はそれほどでもない気がします。……何か制限やデメリットが?」
「ああ、さっきも言ったとおり、毎月お金が貰えてるのは当時の文化を守っているからってことなんだ。その時代にそぐわない物は使ってはいけない。つまり現代の道具を町中で使ってはいけないっていう決まりがあるんだ。最新のデバイスとかは自室等でこっそり使いましょうっていう契約みたいなのを住人は全員している。現代の道具が使いたい時に使えないってことを息苦しいと思う人はこの町の住人にはなれない」
「……成る程」
「後、子供はそれに加えて結構なデメリットがある。学校の授業内容は殆ど現代のものと一緒なんだけど、祝日や長期の休みの日程が町の外とは全く別物だから元号町出身者専用大学みたいになっている元総大以外の大学に入るなら休みの関係で一浪はほぼ必須みたいな感じになってるんだ」
と、長い話を喋り終えた陸は深呼吸をしてから肩の力を抜いた。
……ん?
そして、陸は気づく。自分が最後に喋ってから、既に十秒以上が経過しているということを。
それはつまり、怒濤の質問ラッシュが終わったということを意味しているのではないか? と考えた陸が姉の顔を見ると。
「ありがとうございました」
自称別世界のロボットであるエントは陸に礼を言ってから、ゆっくりと視線を青空に向け。
「元号町。中々、大胆で面白い試みだと思います。……けど、この施行を私は知らない。それはつまり……」
エントは何かを哀れむような、悲しむような表情を浮かべ、その場から動かなくなった。
「……」
……姉さん。
そして、青空を見つめ続けるそのエントの姿を縁果の弟である陸は複雑な気持ちで眺めていた。
「……」
……俺は人の心の機微とかを上手く読み取れるタイプじゃない。むしろ、疎い方だと思っている。
けれども。
……さっきの姉さんの質問は、演技だとは思えない。
本当に知らないことを聞いているようだった。と、陸はこの町についての質問をしてきたエントの真剣な表情を思い出しながら、姉の現状について再び考え始めた。
陸は今まで、縁果は長い引き籠もりの末、心を病み、別世界のロボットを演じることで現実から逃避しているものだと思っていた。
だが、生まれ育った平成十年町の事を何も知らないというエントの言葉は嘘偽りのないように思えた。
「……」
……本当に別世界のロボットが姉さんに乗り移った――――ってのは、ありえないにしても、知らないふりをしているようには見えない。精神的なストレスから記憶が欠如した……? それとも自己暗示とかそういうので、自分が別世界のロボットだと本気で思い込んでいる……?
考えれば考える程、これは俺一人で解決できる問題じゃないような気がしてきた。と思い始めた陸が今日のところは姉を連れて家に戻るのが最善だろうと考え、その意思を言葉にしようとした、その直前に。
「どうかしました?」
エントに声を掛けられ、陸の思考が途切れた。
「難しい顔をしていましたが、何か問題でもありましたか? 私に手伝えることであれば、このエント、力をお貸ししますよ?」
「あー……何というか、これは、エントに助けて貰うことじゃないんだ。むしろ助けたいから悩んでいるというか、あー、いや、なんでもないから気にしないでくれ」
「……そうですか? わかりました、気にしないで良いのなら気にしません。それじゃあ、陸さん、散歩を再開しましょう。私、この町をもっと見たくなってしまいました」
「……町の中で行きたい場所でも?」
「いえ、特には。ですが、平成の時代を実際に見るよりも、ある意味貴重な体験になりそうだと思ったんです。……えっと、あれ? もしかして陸さん、あまり乗り気ではありませんか? お疲れになりました?」
大丈夫ですか? と、エントに邪気のない綺麗な瞳を向けられた陸は。
「え、ああ、別に疲れては――――」
『――――りくちゃん、えんちゃん、あーそびましょー』
「――――」
唐突に、一人の人物の姿を思い出した。
行き過ぎた純粋無垢とでも言うべき特性を持つ、その知人の顔を思い浮かべた陸は。
……もしかすると、あいつなら。
この状況を打破する切っ掛けを作り出してくれるかもしれない。そう考えた陸は、家に戻るという案を放棄し。
「よし! それじゃあ、エント、町の中心に向かって歩こうか!」
陸はエントを置いていくような勢いで元気よく歩き始めた。
「――――」
……さっき家の前を通った時には人の気配がなかった。夏休みのこの時間帯、あいつが出掛けるとしたら十中八九因幡の家だろうし、因幡の家の近くには……。
そして、陸は最新のデバイスや性能の悪い携帯電話といった連絡手段を使わずとも、知り合いの居場所が大体わかるという平成十年町で生まれ育った者なら誰もが身につく能力を使って、目的の人物のもとへと足を進めた。
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