第6話

 風に揺れる風鈴の心地よい音が響く茶の間で、白い髪の女性、縁果は、ちゅるちゅると可愛らしくそうめんをすすり。

「ん、ん、んー!」

 歓喜の声を上げ、とても嬉しそうな表情を浮かべた。

「いやー、何度口にしてもいいものですね、食事って! 快楽を感じさせることによって、身体に必要な物質を取り込ませるこのシステム! 効率の悪さが最高です! ほんと、無駄があるっていいですねー。これから幾らでも発展できますから」

 実は私、いつも余裕のない疑似生体の連中にも無駄の素晴らしさを学ばせたいと思ってるんですよー。と、彼女なりの絶賛をしながら、縁果はそうめんを食べ続けた。

「……」

 そして、楽しそうな縁果とは正反対の表情を浮かべて座布団の上に座る陸は、すがるように縁果を見つめ。

「……悪い。さっきの話、わかりやすくまとめてくれないか? ちょっと理解できなかった」

 先程まで縁果が語っていた話は何かの間違いではないのか。というか、間違いであって欲しいという願いを込めて、陸は希望が絶望に反転した話をもう一度、しっかり聞きたいと縁果に頼むと。

「あ、それはすみませんでした。時々私が食事に夢中になってしまい、わかりづらかったですかね」

 縁果は箸を置き、真剣な表情で陸を再び絶望に陥れる話を始めた。

「――――私の名前はエント。傑作機エントと言います。元アーリーズの四位、今は創者と名乗っている存在に造り出されたモノです。私が造られた時には既に地球は『本当の命のない世界』になっており、人間も存在していませんでした。そんな地球で私は妹と共に疑似生体との戦いに明け暮れてました。私達は連戦連勝を繰り返していましたが、私が単独行動をした際に『敵』が、もう嫌って程に強い機体を十三機もぶつけてきまして、妹ほど戦闘向きではない私は、まあ、打つ手がなく……、けど、それでも何とか『敵』の目論見を見破り、勝負には勝ったのですが、戦闘には負け、私は身体を潰され、粉微塵になったんです。けど、その寸前で、創者が仕込んでくれていたプログラムが起動し、私のデータが別の地球にいた貴方のお姉さんの頭に転送されたんです」

「……」

 そして、その先程と寸分変わらぬ縁果の話を聞いた陸は。

「……はは」

 乾いた笑いを零すことしかできなかった。

 ……姉さんが、変になった。

「けど、不思議なんですよね。機械に入るならともかく、人間に入れるプログラムなんて創者が作るわけがないんです。緊急事態でしたから、何らかの異常が起きたのでしょうか? あ、ちなみにお姉さんの脳には一切触れていないのでご安心を。私のデータは脳の周りに薄い膜のように貼り付いて、そこから身体を動かす命令を出しています。貴方のお姉さんは今、穏やかに眠っているような状態です」

「……」

 自称別世界から来たロボットの縁果が妄言を垂れ流しているが、既に陸はその話を聞いておらず、思考に沈み、かなりの予定変更を余儀なくされたこれからについて考え始めていた。

 ……俺はこれからどうすればいい。姉さんを病院に連れて行けば良いのか? いや、それ以前に仕事中だろうけど父さんに連絡をすべきか……? 待て、慌てるな俺。これは本当にそんなに大騒ぎすることなのか? よく考えろ俺。……うん、間違いなく大騒ぎすることだ。けど、けど、なんだろうこの気持ちは。ああ、俺は認めたくないんだ。あのなんでもできた姉さんが引き籠もりの末にこうなってしまった現実を直視したくないんだ。

「……あのー?」

「……」

 ……しかし、一体何の影響だ? 死んで別世界に行ったり来たりするって話、何かで聞いたことがあるような……。ああ、あれだ。異世界転生だ。町の外では創作で第四次スーパー異世界転生ブームが来てるんだっけ? あんまりそういうのに詳しくない俺が知っているってことはかなりの人気なんだろう。そして、人気なら色んな作品が出ているはずで、世界公開されている作品ならデバイスで読んでも無料――――つまり、姉さんをこんなにした犯人は異世界転生か。

 許すまじ、異世界転生……! と、陸が自分勝手な怒りを何の罪もない創作に向けていると。

「あのー」

「……へ?」

 いつの間にか縁果は超至近距離で陸の顔を覗き込んでおり。

「――――!」

 白髪になり、昔とは違う喋り方をする縁果が一瞬、全くの別人のように思えた陸はすぐに縁果から距離を取った。

「……え、ええと、……何?」

 そして、驚き以外の理由で心拍数が乱れたことを縁果に悟られないように、落ち着いたトーンで陸が声を出すと、縁果はすぐに話を進めた。

「はい、それでですね、私が元の地球に戻るまで少し時間が掛かると思うので、この身体の持ち主に近しい貴方に許して貰えるのなら、外に出てみたいのですが……」

「――――」

 いけませんか? と、外出を許可して欲しいと言ってきた縁果を見て、陸は雷が落ちたような衝撃を感じながら、最高速度で思考を回し始めた。

 ……変になった姉さんが、外に出たいと言い出した。変になったからこそ言い出したのかも知れないが、これは引き籠もり脱出の千載一遇のチャンスでは……? いや、しかし、姉さんのメンタルがおかしいのは間違いない。そんな状態の人を外に出して良いはずが……けど、姉さんが自発的に家から出ようとしてるなんて、奇跡みたいな話なんだ。これを逃したら、本当に次はないかもしれないんだぞ……?

「……」

 そして、陸は悩みに悩んだ末。

「……俺と一緒になら」

 自分が一時も目を離さずに監視すれば大丈夫だろうと判断し、縁果を外に出すと決断した。

 そして、陸は、ありがとう、異世界転生……! と、姉が外に出るきっかけを作ってくれたと思われる創作に自分勝手な感謝をしながら、外出の準備を始めたのであった。

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