悩みの種だった姉が変になった

第3話

 南の空高くに太陽が見える時間帯。真っ青な空の上から降り注ぐ強い日差しに負けじと一軒家の庭先で蝉が激しく鳴いていた。

 だが、唐突に鳴り響いた異音に驚いた蝉は鳴くことをやめ、排泄物を撒き散らしながらとまっていた木から飛び立った。

 蝉を驚かせたその異音は縁側の奥にある茶の間に置かれた扇風機が発していた。

 その扇風機は首振り機能に問題があるらしく、右側に風を送る際に時折、バキ、ボキ、と骨を鳴らすような音を響かせていた。

 プラスチック部分の黄ばみ具合から見て、そろそろ限界が来ると思われるその扇風機が最後の刻まで己が使命を果たそうと風を送り続けていると、扇風機と同じように付けっぱなしにされていたブラウン管のテレビからとても明るい音楽が流れ始めた。

 正午になると同時に流れ始めたその音楽に合わせ、テレビの画面では軽快なダンスを踊る二人の青年が映し出され、二人が画面から消えると、大きな黒いサングラスをした初老の男性が現れ、その男性は観客の歓声と拍手をその身に受けながら朗らかな笑みを浮かべた。

 そんなお昼休みにぴったりな雰囲気の番組が流れる茶の間に半袖半ズボンという実に夏らしい格好をした少年が入ってきた。

「……」

 もう少し鍛えれば筋骨隆々と表現できる引き締まった身体を持つその少年はまだ幼さの残る顔を一瞬だけテレビに向けた後、ちゃぶ台の上にガラスの容器を置いた。

 その大きなガラス容器は氷水と大量のそうめんで満たされ、そうめんの上には皮の剥かれたみかんが彩りとして少量、載っていた。

 ちゃぶ台にそうめんを置いた少年はそれから何度か台所と茶の間を行き来し、希釈されためんつゆの入った蕎麦猪口、箸、麦茶ポット、グラスなどもちゃぶ台の上に置いてから、座布団の上に腰を下ろした。

 そして、座布団の上にあぐらを組んで座った少年は、ちゃぶ台の上のシンプルな食事に目を向け。

「いただきます」

 と呟き、少年は箸で取ったそうめんをめんつゆに軽く浸け、ズズッ、と音を立て豪快に麺を啜った。

 その麺を食べる動作を十回以上少年が繰り返すとガラスの容器の中からそうめんが消え、少年は容器に残っていたみかんを箸で摘まみ、口の中に入れた。

 そして、ガラスの容器の中に氷と水以外は何も残っていないことを確認した少年はグラスに麦茶を注ぎ、麦茶を一口飲んでから。

「うん、――――そうめんだった」

 うまいとかまずいという評価ではなく、たらふくそうめんを食べた。という感想を声にした。

「……しかし、朝飯の洗い物をした後に爆睡するとか、夏休みとはいえ、気を抜きすぎだぞ平原りく

 そして、食事を終え、人心地ついた少年は麦茶を飲みながら、自分、平原陸の午前中の行動はよくなかったと反省した。

「起きたら昼だったから慌ててそうめんを茹でたけど……、これ、たまにはいいけど、毎日だと身体がおかしくなるかもな。やっぱ、肉と野菜が欲しい」

 明日の昼はトマト、キュウリ、卵、ハムを載せた冷やし中華にするかな、と、陸が翌日の献立を考え始めると、その視線は自然と上の方を向き。

「……姉さんの食べるペースから考えると、食器を下げに行くのは十分後ぐらいでいいか」

 陸は天井を見て、そんな言葉を呟いた。

 そして、少し休憩しようと考えた陸は視線をテレビへ向け、暫くの間、ぼうっとしていたが。

「……この回、前に二回ぐらい見たな」

 黒いサングラスをした男性と歌手のゲストが話している会話の内容に覚えがあった陸はちゃぶ台の上に置かれていたリモコンを手に取った。 

「ニュースは朝にデバイスで見たから、適当なチャンネルでいいか」

 そして、陸がその言葉通り、適当にリモコンのボタンを押すと、チャンネルが変わり。

「――――」

 陸は、先程とは違う番組が映し出されたテレビを見て、息を詰まらせた。

 テレビの画面には大きな赤文字で、壮絶! 引きこもり人生! というテロップが映し出され、奥さんという言葉を連呼する声の大きい司会者が曇りガラス越しに誰かと話しており、その番組を見た陸は。

「んおー……」

 苦悶の叫びを上げながら、畳の上に寝転がり、テレビの電源を切った。

「……はぁ」

 そして、陸が小さくため息を吐き、テレビのリモコンを放り投げると。

「うおっ……?」

 突然、二階からドスン、という大きな音が聞こえ、陸は驚きの声を上げた。

「……音がするなんて珍しいな」

 何か重い物でも落としたのかな。と、陸は少し心配したが、それ以降、音はしなくなったので大したことではなかったのだろうと判断し、陸は寝転んだまま、ズボンのポケットに手を入れ。

「どうするかなあ……」

 自分の問題と向き合うことにした。

 陸がポケットから取り出したのは一枚のわら半紙であり、そこには。

『進路変更希望書』

 という文字が大きく印字されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る