第2話
機械娘、エントの意識は闇に沈み、二度と目覚めない――――筈だった。
……あ、あれ?
エントが最初に感じたのは、未知の感覚だった。
やけにもどかしく、身体を無性にジタバタさせたくなり、そして、このままでは機能が停止してしまうかもしれないという危機感を抱いてしまう、そんな嫌な感覚。
「っ……」
唐突に覚醒し、状況が一切わかっていないエントだったが、この感覚はマズいと直感的に理解し、その感覚をもたらしている原因を躊躇なく取り除いた。
「ぷはぁっ……っはぁ、はぁ……」
そして、火急の問題を乗り越えたエントは肩で息をしながら、横たわっていた身体を起こし、目を開いた。
「――――」
エントは覚醒してから、この僅かな時間の間に、大型トラッカーが去った後に自分は奇跡的に再起動したのではないかと推測したため、今、自分のいる場所はあの綺麗すぎる森の中だと思いながら目を開いたのだが。
「…………え?」
エントの瞳に映る世界は、綺麗な森とは全く違っていた。
そこは小さな部屋だった。
フローリングの床の上にピンクのベッドと子供用の勉強机が置かれ、カーテンがしっかりと閉められている、小さな部屋。
「……」
年季が入った空調がカタカタと音を立てている以外は自分の少し荒い呼吸音しか聞こえない空間の中で、エントは無意識のうちに頬に手を当てた。
「……まずいです、これはまずいです。現状が一切わかりません」
左手で柔らかい頬を触り、むにゅむにゅとした自分の大好きな感触を得ることで心の安定を図りながらエントは目の前の光景について考える。
エントはこういった部屋を知っている。だが、それはあくまで知識として知っているだけで、現物を目にしたのは造られてから初めてだった。
「まさか、今の地球上にこんな場所が残っているなんて思いもしませんでした。もしかして、ここ、立ち入り禁止の創者の私室だったりするんでしょうか」
んー。と、エントは唸りながらこの状況に至った様々な可能性について考え始め。
「あれ?」
その思考の最中にエントはふと、大型トラッカーの攻撃で自分の左腕が破壊されたことを思い出した。
「?」
攻撃を受け、ピクリとも動かなくなった左腕のことを思い出したエントは、現在進行形でやわらかい頬をこねくり回しているこの左手は一体……? と、疑問に思い。
「ん、ん、んー!」
大好きなやわらかさをいつまでも堪能したがっている左手を何とか頬から離して、エントは自らの左腕を見つめ。
「ん、ん、んー?」
意味がわからない。と、首を捻った。
そこにあったのは、指が飛ばせる白と金に塗装された馴染みの左手でも予備パーツでもなく。
指紋があって爪もある、薄橙色をした左手であった。
「……初めて見ますね、この腕。青色のケーブルが少し透けて見えますけど、液体を循環させて機能を保っているように……って、え、いや、まさか、この腕……」
その不思議な腕をエントは暫くの間、観察していたが、あることに気がついたエントは驚き、困惑し、冷や汗を流した。
エントは思った。この腕のことを自分は知っている、と。だが、それもこの部屋と同様に知識として知っているだけで見るのは初めてであり。
「な、なんで――――人間の腕が私に生えているんですか……?」
機械である自分の腕が人間のモノになっているという理解不能な現象を目の当たりにし、驚きのあまりエントは立ち上がり。
「……え?」
立ち上がる途中に激しく揺れる自分の胸部が視界に入ったエントはゆっくりと視線を下げ。
「――――」
エントは腕だけではなく、全身が人間の身体になっていることに気がついた。
「あ、あ、あ」
そして、呆然とした表情のまま、エントは震える両手を胸に当て。
「な、なんということでしょう……! ――――胸部が柔らかいです……!」
衣服の上からでもわかる胸のやわらかさを堪能した。
この時、エントは気づきもしなかったが、彼女は一人の人間を助け。
――――己を救う、優しくも悲しい旅路に就いたのであった。
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