アンサー・ヴァルテン~機械娘、平成町で引きこもりの姉になる!~

獏末カナイ

機械娘、引きこもりの姉になる

第1話

 丸い、丸い、大きな月が世界を照らす時間帯に、一陣の風が吹いた。

 風が通ると小川が波立ち、木々が揺れ、落ち葉が舞った。それは何もおかしなところのない至って普通の光景である。

 だが、その強風は普通とは言い難い異常さもあらわにしていた。

 風が吹き波が立っても川の中に動きはなく、突然木が揺れたことに驚く光る目もなく、舞った落ち葉には何も張り付いていなかった。

 そう、月が照らすその場所には緑が溢れ綺麗な水が流れていたが、魚や獣だけでなく、虫や微生物さえも存在していなかったのだ。

 そんな真っ当な自然とは言い難い不可思議な場所の中心には、楕円形の建造物が存在していた。

 その建造物は永遠の都の円形闘技場を彷彿とさせるデザインをしていたが……。

「んー、情報なし。この製造拠点も外れですね」

 その用途は全くの別物であるということを、建造物の内部から響いた声が示した。

「……互いに決め手に欠けるこの膠着状態を打破するためにも、早くアレを入手したいところですが」

 そうそう上手くはいきませんか。と、落胆の声を発しながら、楕円形の建物の中で空中に表示されている文字列を睨みつける人物がいた。

「……ふむ」

 衣服は一切身につけず、白と金に塗装された鋼のボディを露わにし、大きな瞳を青く輝かせているその人物は――――人の形をした物であった。

 鋼鉄の身体ではあるものの、胸部にほどよい膨らみがあることから、人間の少女の姿を模していると思われるその存在、機械娘は、眼前に表示されている文字列を眺めた後に右手を横に伸ばした。

 するとその次の瞬間にはワイヤーの付いた五指がミサイルのように勢いよく発射され、建造物に突き刺さった。

「――――オーバースキャニング」

 そして、機械娘がそう呟くと壁に突き刺さった五本の指が発光し始め、それと同時に眼前に表示されていた文字列が消え、巨大な筒、としか表現できないような画像データが表示された。

「よかった。アレの情報はありませんでしたが、最低限の収穫はありましたね」

 そして、新しく映し出された画像データを見て安堵の言葉を零した機械娘は鋼鉄の身体の中で唯一やわらかい素材でできている顔に左手を当て、頑張ったご褒美というようにムニュムニュと優しく押して自身の頬のやわらかさを堪能した。

「んふー、やっぱりやわらかいっていいですねー。ずうっと触っていたいくらいです……が、そろそろ撤退の準備を始めないと。急いては事をし損じると言って最近やけにまったりしてる創者に内緒の単独行動ですからね」

 この行動、敵にも味方にもバレるわけにはいきません。と、快楽に溺れることなく、ちゃんと自分を律することのできる機械娘は右手の指を建造物から引き抜いて元に戻し、左手を。

「ん、ん、んーー!」

 随分名残惜しそうに柔らかい頬から離し、手元のコンソールを操作して、空中に表示されていた画像データを消し、この場を立ち去ろうと後ろを向いた。

「ふぅ」

 一仕事を終え、さあ、帰ろうと機械娘が僅かに気を緩めた、その瞬間に。

 ――――楕円形の建造物は轟音と共に崩れ始めた。

「な――――」

 建造物が突然崩れ始めた理由、それは巨大な車両が時速二百キロを超える猛スピードで外から突っ込んできたためである。

 しかも、車両は一台や二台ではなく、十台を超える大量の車両がタイミングを合わせてあらゆる方角から一斉に建造物を突き破ってきたのだ。これで建物が崩壊しないわけがない。

 そして、大量の車両は楕円形の建造物を崩壊させるだけではなく、むしろ、ここからが本番というように速度を緩めることなく、建造物の中央にいた機械娘に向かって直進し。

「――――」

 四方八方から現れた十三台の車両が建造物の中央で激しくぶつかり、その場所にいた筈の機械娘の姿が見えなくなった。

 そして、その直後、建造物は完全に崩壊し、突っ込んできた車両は全て瓦礫の中に埋まり。

「――――」 

 その様子を、満月を背にし、瞳を青く輝かせる存在が、注意深く観察していた。

 月夜の空に佇むその存在は、崩壊した建造物の中にいた機械娘だった。

 鋼の身体は何一つ損傷していなかったが、機械娘の背後の空間が僅かに歪み、その空間の歪みの中で建造物の破片が宙に浮くという異常現象が起きており、その現象を横目で確認した機械娘が。

「対疑似生体用飛行装置、偽装解除」

 という言葉を発すると、何もなかった筈の機械娘の背中に白い翼が顕れた。

 翼、といってもそれは鳥の羽のようなモノではなく、小さな戦闘機のように見える装備であり、機械娘はその翼に異常がないかを確認した後、瓦礫の下で動いている車両へと視線を戻した。

「……これ、野良のトラッカーですかね。んー、面倒な『敵』に見つかってしまいました」

 そして、まるで虫のように蠢き瓦礫の下から抜け出そうとしている灰褐色の車両をトラッカー追跡者と呼んだ機械娘は厄介な敵に遭遇してしまったと面倒くさそうに目を細めた。

「大型トラッカーって基本的に装甲が厚いから正直苦手なんですよね。けど、まあ、この程度の数なら……」

 私だけで対処できます。と、機械娘が呟くと同時に白い翼に収納されていた砲塔が二門現れ、砲口が瓦礫に埋もれているトラッカーへと向けられた。

「チャージ……」

 そして、機械娘は今の自分が持つ最大出力の攻撃を放つことでこの戦いを終わらせようとし、狙いを定めるため、

「――――」

 瞬間、機械娘の頭に危険信号が灯った。

 照準を合わせるために身体の動きを止める。それ自体は必要なことである。間違ってはいない。


 だが、――――些か、『敵』を侮りすぎてはいないだろうか?


「――――ッ……!!」

 己が過ちに気づいた機械娘は、間に合え、と頭の中で叫びながら、大気を推進剤にする通常の推力では遅すぎると瞬時に判断し、固体推進薬を燃やし、サブスラスターを噴かした。

 そして、白い翼から青白い光を零し、瞬間移動さながらの凄まじい速度で機械娘が回避行動を取ると、ほんの一秒前まで機械娘が滞空していた場所を何かが通り過ぎた。

 ――――それは巨大な鎌だった。

 死神の鎌としか思えない禍々しく歪なデザインをしたその武器は、命を刈り取れなかったことを悔しがるように暫く宙にとどまっていたが、やがてクルクルと回転しながら大地へと落ちていき。

『――――』

 瓦礫の下から現れた鋼の腕が、その武器を力強く掴んだ。

「……可変型でしたか。ただの大型トラッカーだと思って油断……って、ちょっと待ってください。今、飛んできた武器。何か、凄く見覚えが……」

 そして、機械娘はこの敵に対しての危険度の認識を改める際に、とんでもない事実に気づいてしまい、それは自分の気のせいであって欲しいと願ったが。

 機械娘の記憶力の優秀さは、それからすぐに『敵』が証明してくれることとなった。

『――――!』

 瓦礫の下で『敵』が咆哮する。

 機械娘に不意打ちは通用しないと判断したのか、車両の形をしていた十三機の『敵』は隠していた鋼の腕を使い瓦礫の上に姿を現し、そこで本格的な変形を始めた。

 灰褐色で地味だったカラーリングが光沢のある黒に変わると同時に車体に切れ目が入り、箱が開くように内部から鋼の巨人の上半身が現れた。そして、車両としての行動を可能としていた外部装甲の至る所から節足のような金属の小さな足が飛び出し、ムカデに似た形状となり、それが鋼の巨人の胴体と合体し下半身となり、最後に背負っていた特徴的な武器である鎌を手にし、『敵』が変形を完了した。

「……トラッカーptパターンシュナイト……」

 その『敵』の真の姿を目の当たりにした機械娘は瞳を点滅させ、驚愕の声を上げた。

「嘘ですよね……。 欧州のエース、シュナイトが十三機もこの極東にいるなんて……。いえ、それ以前に欧州の『敵』は半年前にランスと私で殲滅した筈……!」

 事前に移譲されていた? それとも欧州の『敵』はまだ存在している? と、機械娘の頭の中に様々な疑問が渦巻き、現在の状況から目を逸らしかけたが。

『――――認識 傑作機 エント 標的 四位の片腕 抹消 傑作機エント――――破壊スル』

「――――!」

 『敵』の一機が発した電子音声が機械娘を現実に引き戻した。

 只の電子音でしかないというのに、憎しみが籠もっているかのような声を聞き。

『――――』

 殺意を表現するように赤く輝くセンサーアイを見た機械娘はこの『敵』からこのまま逃げることは不可能だと判断し。

「――――っ!」

 機械娘は『敵』と戦うために、一気に高度を上げた。

 ……森の王とまで言われたシュナイト相手に地上戦を挑むのは自殺行為です……!

「けど、空中戦なら……!」

 まだ付け入る隙はある筈……! と、スラスターを噴かし、幾つもの雲を突き抜けた機械娘は視線を落とし、ムカデから龍のような姿に変形して自分を追ってくる十三機の『敵』を確認した。

「――――フルオープン!」

 そして、全ての『敵』を視界に収めた機械娘がそう叫ぶと白い翼の装甲がスライドし、そこから大量のミサイルが顔を出し。

「全弾発射……! 飛んでけええー……!」

 百を超える小型ミサイルが『敵』に向かって一斉に飛び立った。

『――――』

 そして、機械娘を追ってきていた十三機の『敵』は自らに迫り来るミサイルを対空防御用の小型レーザーで淡々と撃ち落とし始めた。

 あっさりと『敵』に破壊されたミサイルの多くは爆発し、空で青い光球となった。

 そして、中々消えない青い光球を避けるために、二機の『敵』が爆発の隙間を、空に作られた狭い道を通り抜けようとし。

「クロス・ビーィム……!!」

 最初からその位置に狙いを定めていた機械娘の攻撃を受け、飛行能力を失ったその二機は大地へと墜ちていった。

「やった! やりま――」

 高出力のエネルギー砲による攻撃を直撃させ、強敵を一度に二機も無力化させたことに機械娘は歓喜の声を上げようとしたが。

『――――』

「っ……!」

 いつの間にか至近距離にまで一機の『敵』が迫っていることに気がついた機械娘はその『敵』の鎌による攻撃を寸前のところでかわし、有線によって操作可能な両手の指を全て射出した。

「スタン・ワイヤー……!!」

 そして、機械娘は強力な電磁ネットと化した指とワイヤーで眼前の『敵』の無力化を図った。

 だが。

『――――』

 その攻撃は、この『敵』を相手にするには遅く、あまりに脆かった。

「……なっ」

 『敵』がくるりと鎌を一回転しただけで、全てのワイヤーが切断され呆然とする機械娘に向かって『敵』は容赦なくその巨大な鎌を振り下ろした。

「きゃあああああ……!!」

 そして、その『敵』の一撃によって左腕と翼を損傷した機械娘は悲鳴を上げながら、大地に向かって一直線に墜ちて行き。

「……く」

 自分を追撃するために高度を落とし始めた十一機の敵を目にし、機械娘は、ここまでか。と、観念した。

 そう。――――ここまで、と、機械娘は思ったのだ。

 この機械娘――――傑作機エントには、姉妹機と呼べる存在がいる。

 エントを知略担当とするのなら、その姉妹機は戦闘を担当する機械娘である。

 聖槍とも称されるエントの姉妹機は圧倒的な強さを誇り、一度たりとも『敵』に敗れたことがない。それ故にエントは彼女の力さえあれば、この窮地を乗り越えられると考えたのだ。

 そして、エントには創造主たる創者から与えられた唯一無二の力がある。

 それは、最強の姉妹機を宇宙であろうと海底であろうと、どんな場所にでも一瞬で転送できる能力。一度使えば姉妹揃ってオーバーホールしなければ再使用が不可能なその能力を使うと機械娘、エントは決断した。

「――――!」

 そして、エントは能力の発動のために、全身を蒼く輝かせながら、目を見開き、天へと右腕を伸ばして――――

「傑作機ランス……! 今すぐに――――……!」

 エントは力を発動させ、最強の姉妹機を自分たちの創造主の下に転送した。

 そう、傑作機エントはその能力を自分のためにではなく、己が何よりも大切に思う存在を守るために使ったのだ。

『……!』

 そして、そのエントの行動が予想外だったのか、『敵』の赤い瞳が動揺に揺れ、そんな『敵』の姿を見たエントは勝利を確信し、大声で笑った。

「あっはは……! ――――少しばかり、私を甘く見すぎてましたね。貴方たちの目的は私を窮地に陥れ、この場にランスを転送させることだったんですよね。ランスさえいなければ創者を倒せると考えて」

『……』

「今頃、私たちの本拠地に貴方たちの本隊が攻め入っているのでしょうね。そして、そこに来るはずのないランスが顕れて、貴方たちの本隊は大パニックのまま殲滅されるでしょう。幾ら数がいたとしても、私の自慢の妹に勝てる存在なんていませんからね」

 そして、妹が敵本隊を殲滅する前に、この厄介すぎる連中が敵本隊と合流しないように少しでも時間を稼ごうとエントが得意げに、煽るように語っていると空を舞う『敵』の中の一機に変化が現れた。

『キ……キ……』

 顔が横に裂け金属の牙を剥き出しにし、人間のように怒りに肩を震わせるその『敵』を見て、エントは最後の声を上げた。

「最強の捨て駒達よ! 貴方たちの目論見は潰えた……! この果ての地で聖槍によって裁かれる刻を待つがいい……!」

『キサマアアアアアア……!!』

 そして、『敵』の中の一機が怒りのままに、けれども正確に死神の鎌をエントに向かって投げ。

「――――」

 鋭利な鎌によって胴体を切断されたエントは上半身だけとなったが。

『……!』

 まだ致命傷には至っていないと判断したのか、それとも別の理由があったのかはわからないが全ての『敵』がエントを押し潰すため、最初の車両形態に戻り、落下の速度を上げた。

 そして、視界を埋め尽くす圧倒的な質量を前にエントは苦笑し、静かに目を閉じた。

 ……大型トラッカーに轢かれて破壊される。この終わり方は流石に想定していませんでしたが、自分の最後を予測するのは誰にとっても難しいことでしょうから、仕方ありませんよね。

 そして、願わくば、最後の刻が創者と妹には訪れないで欲しいと思いながら、エントは大地に落下した衝撃と『敵』の質量に押し潰される感覚を認識し――――


 ――――Start the emergency program.


 という、己の言葉であって、己の声ではない何かを最後に聞き、エントの意識は闇に沈んだ。

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