第26話 愛情

 「深雪、いい加減になさい。あなたお母さんにだけ姿を見せないように意地悪をしているのね?どうしてそうひねくれた事をするの!」


 真っ白ちゃんはその言葉を聴くと最初ポカンとして、その後眉間に深く皺を寄せた苦渋の表情になった。


 涙声で娘の幽霊を責め始めた妖術師お母さんを見てアヤメが慌てて説明した。

「故意に娘さんがやっているとは思えません。血縁があっても魂の波長のようなものが合わないことがあるのだと思います。とりあえず、声は聞こえてるんですから落ち着いた方が……」

 私は状況を飲み込むのが精一杯でオロオロする事しかできなかった。


 妖術師お母さんはアヤメの言葉を聴くと息をのみ、怒りの入り混じった悲しみの言葉を吐き出した。

「なぜ、他人の貴女方が深雪を見えて、私には見えないの!私はあの子の実の母親で絆はずっと強いのよ!波長が合わないなんてありえないわ!あの子の事はなんだって分かっていますからね!深雪、意地悪をしてるんでしょ?お母さんにはお見通しよ」


「お母さんのそういう所が嫌だったのよ!」

 我慢を爆発させるように真っ白ちゃんが声を張り上げた。


「どうして自分にも分からない事があるって分かってくれないのよ!分からないことがあるからお姉さんに見当違いの罠を仕掛けたりしたんじゃない!それなのに私の事は何でもわかってるって?お母さんの根拠のない自信は迷惑よ!」


 妖術師お母さんは言葉に詰まった。一瞬の間の後やや落ち着いた声で答えた。

「それは、謝るわ、ごめんなさい。皆さんに迷惑をかけて……。でも、峯田さんは他人でしょ?深雪はお母さんの娘なのよ?娘の事は母親は何でも分かるものなのよ」


「分かってなかったじゃない。私が片思いしているって私が死んで日記を見つけるまで知らなかったでしょ」

「分かっていたわよ。年頃の女の子には好きな人くらい居るのが普通でしょ。日記を見る前から分かってました」


 真っ白ちゃんは溜息をついた。


「そうやって後付けして自分を正当化するじゃない……。片思いの相手が誰なのか名前とか具体的には知らなかったでしょ」

「それは深雪が峯田さんの弟さんの名前を知らなかったせいよ。お前が知らないことはお母さんも知りません。でも深雪、お前の事はお母さんは何でも知っています」


「お母さんは私については私にしか分からないことがあるってことを分かってくれないのね。お母さんの強引なところを私が嫌いだったの知らないでしょ」

「それはお前が子供だからよ。いずれお母さんに感謝するときが来ます」


 私とアヤメは会話を聞いて顔を見合わせた。妖術師お母さん、聞く耳を持ってなさすぎる。アヤメが恐る恐る言った。

「あの、妖術師さん、娘さんが亡くなったとき、どう思ったんですか」

「え?」

 妖術師お母さんがポカンとした顔でこちらを振り返った。真っ白ちゃんはふくれっ面をしている。


「後悔は無かったんですか?なんかの本で読んだか映画だったか忘れましたけど、子供に先立たれた親ってもっと色々やってあげられることがあったのにって後悔というか、悔いが残るものらしいんですけど」

「それは……もちろんですが」


アヤメはアパートの狭い一部屋で一歩、母子に近付いた。私はなんか怖いのでアヤメの腕につかまっていた。万が一の時、いつでもアヤメを連れて逃げられるように。


「でも、今のお母さんの言葉を聞いてるとそういう愛情からくる後悔の念というものが感じられません。個人的には娘さんが亡くなったとき、達成感を感じてしまったのではないかと案じてしまう訳です。ああ、私は完璧に娘を愛してたんだ、なんでも分かってたんだ、娘とは完璧に分かりあっていたんだ。だから娘が早死にして悔いはない。そう思いながら、娘さんを看取ったんですか?」


「そんな……そんな事はありません。やってあげたい事をすべて出来たわけではないんです。日記に好きな人の事が書いてあったので、せめて花嫁に見えるようなワンピースを着せたりしました。でも、それが娘が望んでいた事全てだとは思えませんでした。きっと色々デートしたりしたかったんだとは思いました。でも……」


 妖術師お母さんはそこで言葉を切った。


「私には手の施しようが無かったんです。娘が生きている時にはだって……」


 妖術師お母さんの表情がみるみる曇って行く。


「娘が生きている時には分からなかった……。そう、死んでしまってから気が付いたんです……。だって生きている時には日記を付けている事を知らなかったんですから……」


 妖術師お母さんはそういうと一筋の涙を流した。私には、その涙が今までのどんな言葉よりも愛情に満ちているような気がした。



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