第25話 対面 その2

 ベッドの下の引出しから小包みを取り出すと真っ白ちゃんに渡した。渡した時に羽毛布団に物を置いたような感触が伝わってきた。

 その時、スマホが鳴った。電話だ。知らない番号。

―はい、もしもし。

―深雪の母です。

 さっきと違って、打って変わってしおらしい声だった。


―あ、妖術師お母さん……。

―はい、あの、深雪はそちらにいるんですか?

―はい、そうです。

―会いたいんです。幽霊でもいいので。

―あ、ああ……娘さんに訊いてみます。


「真っ白ちゃん、お母さんが直接会いたいって」

 真っ白ちゃんは唇をかんでうつむいていたけど、数秒後に頷いた。


―ああ、良いそうです。

―そうですか。二人きりで会えますか?

―それは……ちょっと待っててください。訊きます。


「真っ白ちゃん、二人だけでお母さん会えるかって」

「えっ……。それは怖いです。お母さんの罠かもしないし、お母さんの方だって血圧を犠牲にしてなんかしそうだし……」

 私に対する妖術師お母さんの誤解が解けたら、それはそれで自分に怒りが向かうかもと不安になっているらしい。

「じゃあ、私立ち会うよ。万が一のためにアヤメにも頼んでみる」

 アヤメは妖術師に対抗できる攻撃の手段を持っているのだろうか。多分無いと思うのだが、私はアヤメ以上に打つ手が無いのだ。


―あの、妖術師さん、二人きりだと感情的になりそうなので、私と、特殊能力のある私の友人が立ち会ってではどうでしょう。


 少しの間。


―分かりました。かまいません。お願いします。


 妖術師お母さんが電話の向こうで深々と頭を下げてる。なぜかそんな気がした。


 妖術師お母さんとの通話が終わるとアヤメに素早く電話した。

―あのさ、志帆ちゃん、志帆ちゃんを取り巻く緊張感が弱まってる気がするんだけど、なんかあったの?


 アヤメ、こいつはなんて物分かりが良いヤツなんだ。そこまで感知できてれば話は早い。私はかくかくしかじかと説明して、立ち合いを頼んだ。

 

―オッケー。了解。多分そんなに荒れなさそうだけど。

―私に対してはそうでも、親から隠れてた娘に対してはまだ分からないから……。

―ああ、それもそうか。


 私達はパン屋『アルマジロ』の定休日に、私のアパートで会う事になった。ちなみに、この時十一月も下旬に入っていた。『アルマジロ』は第二、第四火曜日が定休日なのだ。

 約束の時間は午後二時。その時がやってくる。インターフォンが鳴る。私は立ち上がり、玄関のドアを開ける。四十代後半の女性が姿を現した。人目を惹くような美人とまではいかないが、きりっと整った顔立ちの人が緊張した面持ちで立っている。


「笹宮深雪の母です」

「はい、お待ちしてました。どうぞ」

「はい……。お邪魔いたします」


 台所のテーブルにはアヤメが先に来て席についていた。真っ白ちゃんというか深雪ちゃんは食器棚の上の天井に膝を抱えて浮いている。


「娘は……深雪は何処に?」

「ああ、天井近くに浮いてます。えーっと深雪ちゃん、お母さんいらした」

 私は顔を深雪ちゃんのいる部分の天井に向けて話しかけた。深雪ちゃんはゆるゆる下りてくる。

 娘が自分の目の前に降りてきたのに、妖術師お母さんは相変わらず天井を凝視している。あれ?私は思った。

 ひょっとして、見えていないとか?

「お母さん、私は目の前にいるじゃない」

「ええ?何処なの声は聞こえるけど……見えないわ……」

 その様子を見て、アヤメが心配顔で立ち上がった。おずおずと口を開く。


「深雪ちゃんのお母さん、お子さんと波長が合わないじゃないんですか?」

 

 それを聞いて妖術師お母さんは表情を強ばらせた。目に恐れとも悲しみともつかない感情が浮かんでいた。


「そんな……私の子なのに……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る