第27話 母と娘と玄米茶
妖術師お母さんの涙を見て、アヤメは動揺したらしい。
「いやあの、悲しませるつもりでは……。とりあえず、落ち着いて一旦座りませんかね?ね、志帆ちゃん、座って良いでしょ」
私も妖術師さんの涙にはちょっと驚いていたけれど、頼りのアヤメの動揺に余計動揺し、ギクシャクしながら受け答えた。
「い、いいよ。せっかくだからお茶でも飲んで……。玄米茶しかないんですけど、どうぞおかけください」
妖術師お母さんはハンカチを取り出して目頭を押さえ、台所のテーブルについている椅子に座った。
ちょっと寒いので、ストーブの電源を入れる。
「私には予知や予言の能力は無いんです」
彼女は静かに語り始めた。真っ白ちゃんはお母さんの隣の席に座っている。私は急須にお茶の葉を入れると四人分のお茶を湯飲みに注いだ。お茶菓子は今回も羊羹のミニパックだ。
私はお茶を銘銘の前に置いた。自分の隣の席にも湯飲みが置かれたのをみて妖術師さんは不思議そうな顔をしたけど、真っ白ちゃんがすぐに声だけで答えた。
「私が居るから」
「ああ、いるのね。深雪……」
一息つくと妖術師お母さんは話を続けた。
「未来を見る能力は無い……。ですから娘の運命がどうなるか分からなかった訳です。つまり娘に必要なものを前もって用意することはできないんです。それだと当然、悔いは残りますよね。こんなことになるのだったら、こうしていれば良かった、ああしておけば良かったって……。我が子が何を必要としていたか、全てが分かる親なんていないのかもしれません。私もその、限界のある親の一人ですね……」
そこまで言うとお母さんは玄米茶を一口飲んだ。
「深雪は、高校受験の会場でインフルエンザを貰ってきて、それが原因で肺炎になって助からなかったんです。もともと体の弱い子でしたけど、突然降りかかった災難でした。私は当然後悔しました。受験会場に行かせなければ、娘は今でも生きていたかもしれないと……」
「インフルで……」
私とアヤメは同時に呟いた。とっさに真っ白ちゃんを見ると、目を伏せて唇を軽く噛んでいる。寂しそうだった。
「受験会場にインフルエンザを持ち込んでしまった人も、娘に対する殺意があった訳では無いとは思います。でも人の命を奪ったんです。でもその人には殺意は無かった、それどころか悪意の自覚も無かったかもしれない。でも、結果として最悪の結果に娘はなってしまったんです。志望校には受かっていて、闘病中でしたが入学手続きもして希望だけは捨てなかったんです。でも、助からなかった」
お母さんは再び目頭を押さえた。
「それ以来、私は自覚が無いのに悪い事をしている人が許せなくなりました。正確な情報を知らなかったときに、こちらの峯田さんが困る様な妖術を使ったのはそういう理由です。自覚が無いのに悪事を働く、そういった事は誰にもあるものですから。特に子供時代には。この人のそれを利用して娘の恋路を邪魔した人に復讐しようと」
少しの間。私達はそれぞれ数秒の時間差で玄米茶を飲んだ。真っ白ちゃんは手のひらで湯飲みを包んでいる。
「今考えると破れかぶれの八つ当たりのようなものでしたが、自覚のない悪事は誰にでも身に覚えがある事で、無事に切り抜けられる人も多いのに娘は切り抜けられなかった。私の娘対する接し方は完璧だったと思い込んでましたから、橋を渡っている途中で橋そのものが消えて、空中に放り出されたくらいの衝撃だったんです」
お母さんは再び目頭を押さえた。
「薄々気が付いていましたが、娘の存在は私が自分に自信を持てる根拠でした。娘は妖術をほとんど使えませんでした。でも、私は使える。だから私がしっかりしないと、と何度も思いましたから。そうなると、それは自分のために深雪を利用していたのかもしれない。それはそれで娘に対する自覚のない悪意だったのかもしれない。でももう、娘はいないのだからその悪意も娘のために使えば私の愛情は完璧になる。そんな風に考えて自分の悪意を使ったりしました」
ふいに、真っ白ちゃんが呟いた。
「ありがとう、お母さん」
「ええ?」
「自覚してくれて」
「ああ……」
私とアヤメは顔を見合わせた。真っ白ちゃんはそっと妖術師お母さんの手に自分の手を重ねている。
「あ、温かい……。深雪、お母さんの手を握ってくれるのね……」
見えないままでも温もりは伝わっているようだ。お母さんはハンカチで両目を抑えた片手をしばらく話さなかった。
「波長が合わなければダメって訳でもないと思います。波長は変えられなくても、何かの方法で意思疎通ができれば」
アヤメが重なった二人の手を見ながら言った。
「多分、自分と子供は違うって認める事から親子の意思疎通って始まるのかな」
私もポツンと呟いた。
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