第20話 余波の影響
お巡りさん幽霊が成仏したらしき翌々日、私が『アルマジロ』に出勤しようとしたまだ早朝と呼べる時刻に、彼女にあった。栗田亜紀。森本さんと一緒に店に押しかけて来たうちの一人だ。
場所は『アルマジロ』少し離れた場所、あのアヤメと一緒にどの方角に向かえばお巡りさん幽霊に会えるか話していた交差点の横断歩道だった。
「あ」
私はそうとしか言えなかった。幽霊に犯罪者逮捕を知らせるというミッションに取り掛かっているうちに、森本さん三人衆の事は頭から抜け落ちてしまっていた。森本さんもあの、なぜか店にパンを買いに一度来た以来、全く見かけることは無くなっていた。まあ彼女たちは面倒な事ではあるので、顔を見た瞬間すぐに心は臨戦態勢になり、体に緊張が走った。
「ええと、峯田さんよね。今日お店?」
相手の普通の態度に気抜けしながら私も答える。
「はあ、まあそうです」
後ろめたさからくる緊張から、敬語が出てきた。中学時代はこんな喋り方を栗田さんとはしてなかったのだろうなあと、ちょっと思った。
「パン、美味しいって聞いたけど、今日行くかも」
「はあ」
来てどうすんだろうと思ったのでちょっと質問を返してみたくなった。普通にパンを買っていった森本さんもだけど、様子がちょっと変だ。妖術の後遺症かなんかだろうか。
「あの、私に近付いて大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。峯田さんはパン製造の方でしょ?売り場には出て無いんでしょ?ただパンを買うだけなら峯田さんに近付く必要は無いんだからスカートめくりされる心配も無いわよね」
「……はあ」
やっぱりちょっと変だ。栗田さんの頭の中では過去と現在が混ざってしまっているのだろうか。それにしても店員である私に、あんなにも怒りを覚えていた栗田さんたちですらパンを買いたいと思わせる『アルマジロ』の商品は立派なのかもしれない。
「今、こうして話しているのは大丈夫なの」
「お店の中と違って外は逃げやすいから」
「ああ、そっか。あの、パンが美味しいって森本さんから聞いたの」
「そうよ。最近連絡取りあうようになったんだけど、森本さん、美味しそうなパンが忘れられなくって改めて買いに行ったって言ってたから」
「そう。単にパン目当てで来るのなら良いけど。じゃあ私行かなくちゃ。『アルマジロ』の焼き立ての時間、表の黒板に書いてあるけど、知ってる?」
「別に焼きたてでなくても……ああ、前から聞きたかったんだけど……峯田さんって恋人と同棲してるんでしょ?」
「ふぇ?……ええ?私今一人暮らしよ?」
「そんな筈は……別れたの?」
「別れたも何も……。私同居とか同棲とかした事無いなあ。今、弟の都合で弟のアパートの部屋に住んでるけど、それもあの子が留学から帰ってくるまでの話だし」
「弟……?」
「ああ、弟知らないっけ。学年が違うとそんなもんよね」
栗田さんは数秒の間、焦点の合わない目をしていたがすぐにハッとした表情になり口を開いた。
「じゃあ、パンを買いに行くから」
そういうとその場を去って行った。
その日仕事をしている間中、ずっと心に引っ掛かりがあった。アヤメにも言ったけど、森本さん、栗田さん、新藤さんは放置していて大丈夫なのかとか、なぜいきなり私が同棲しているかと話題を振ったのか。
そして、なんで朝の早い私の出勤時間に、栗田さんはあの交差点にいたのか。状況から、私の事を待ち伏せしていたような気がする。
妖術師お母さんの影響がある、と思った方がよさそうだ。
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