第16話 新たな手段で
私が真っ白ちゃんを信用できると感じた夜から二日間は普通の生活だった。『アルマジロ』でパンを焼き、休憩時間にアヤメに近況報告と相談をする生活だ。相談と言っても相手の出方が分からないとどうしようもないので、弱音を聞いてもらったと表現した方が良いかも。
問題なのは二日目の夜、帰宅した時の事だった。
カギを開けて、アパートの部屋に一歩入ると物音がした。
私はてっきり真っ白ちゃんだと思った。しかし違っていた。
居間兼寝室に初老の男性が一人正座していた。
「うおわっ」
当然の権利として私は短く叫んだ。男性は穏やかな表情で私の顔を見つめた。
「峯田志帆さんだね」
「ええっ」
私はびっくりしすぎてそれ以上声が出なかった。男性は警察官の制服を着ている。
「まあ、とりあえず入って」
「ヤです!あなた何者ですかいきなり人の家で……」
「落ち着いて。私は幽霊だ。大声を出して誰かが様子を見に来ても君が一人で騒いでいるようにしか見えない。それだと色々不都合だろう」
「ゆうれ……」
初老の男性の言葉を反復しようとしたけれど中途半端な呟きにしかならなかった。
しかし、男性の言葉をあっさり信じる訳にはいかない。しかし、頭から否定する気にもならなかったのは真っ白ちゃんのおかげで幽霊という存在に免疫が付いていたせいだろう。
「幽霊なら幽霊だという証拠を見せてください」
いつでも逃げられるように片足を半開きのドアの外に出した姿勢で私は相手にそう要求した。
「わかった。一旦目の前で消えてみよう」
そう言うが早いか、男性はすっと消えた。真っ白ちゃんの消え方と違う、ガラスについた白い息の後をハンカチでひと拭きしたような、明確な消え方だった。
「おお、本当だ」
「でしょ?」
男性が再び現れて確認するようにそう言った。
私は玄関のドアを閉めて完全に中に入る気になった。警察官姿の初老男性の幽霊は見るからに温厚そうで、その眼差しはどちらかというと寂しそうだった。帽子からのぞく髪はだいぶ白髪が混じっている。
「で、私になんのようなんです?幽霊さん」
「実はね、ある人に君が罪を重ねてると聞いてね」
このパターンはもしや……。というか確定だ。真っ白ちゃんのお母さんの差し金以外に考えられない。
私はうんざりした顔で三和土の上に仁王立ちになった。バッグを置く気にもならない。いや、むしろバッグを持つ手に力が入る。
「君がひったくり犯だという情報があってね」
「身に覚えがありません。っていうか、絶対に違います」
むすっとした顔で私は反論した。
「いや、認めたくないのは分かる。私はこの通り幽霊だから、君を逮捕することはもうできない。しかし自首を進めることはできるから」
「やってもいないことを認めることはできませんってば」
最高に腹が立ってきた。スカートめくりの件は実際にやっていたからまだ分かるが、ひったくり犯になったことは一度もない。
しかも、中学時代のスカートめくりとは違いひったくりをやったとなると、完璧に犯罪者扱いされている事になる。
「おじさんに情報をくれた人は、君は悪い事を常習的にやってると言っていたが」
「それは情報を流した人が嘘そついているんです」
視線が突き刺さりそうなくらい、私は警察官のおじさん幽霊を睨みつけた。
「そっか……やっぱりか」
警察官幽霊は目を伏せるとしょんぼりと肩を落とした。その姿を気の毒に思いながらも、私は苦情を言った。
「いい加減な情報を信じないで下さいよ」
「いや、私は連続ひったくり犯を追っていたのだけれど死んでしまってね。ずっと犯人を捕まえられたか気がかりで、幽霊になったんだ。でも幽霊になってしまうとこの世の情報が手に入り辛くてね。生きている人は殆ど幽霊とは話せないし。新聞や書類などのこの世の物質にも触りにくくなるし、だから情報が手に入ったとなるとついね……」
「そうですか……。でも無実の私が自首しても何の意味もないし」
「うん、でも情報をくれた人は親切そうだったからね。それで一応君に当たってみたんだよ」
「いつの事件ですか?目撃証言とかで私と似てたとか?私を疑う根拠は?」
「五年前だよ。目撃証言は若い男女の二人組。バイクの二人乗りだったそうだ。ノーヘルで二十代らしいとか」
「五年前なら私まだ十八歳です。バイクも乗れないし、乗ってる友人知人もいませんから」
「うん。ダメモトでもゆすぶってみたらもしかして、と思ったんだ。すまないね……」
初老のおまわりさん幽霊はそういうとすっと消えてしまった。
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