第7話 成り行きで取り引き

 疲れた。

 私はぐったりと安らぎのホットカーペットの上に倒れこんだ。と思ったら電源を入れていなかった。手を伸ばしてスイッチを入れる。温かさは[中]寄りの[弱]だ。


 北村さんとアヤメと相談して、とりあえず店長夫妻に事情を説明した。勤め先の皆はちゃんと納得して、心配もしてくれた。


 これから何が起こるんだろう。相手のバックには妖術師が付いているのだ。というか、妖術師に操られているわけで、どれだけ森本さんを説得しても妖術師を何とかしなんとどうにもならないのではなかろうか。


 どうしよう。妖術師にどう対抗すればいい?と思った時に声が聞こえた。

「ごめんなさい……。怒ってますよね……」

 あの真っ白な女の子の幽霊だ。私は顔を上げるのも面倒で、うつぶせに寝そべったまま返事をした。

「怒ってるっていうか、疲れた。あなたに怒っても仕方がないし」

「でも、原因は私なんです。すみません」

「いや、謝るよりなんか対抗策を出してよ。私、社会的に抹殺されそう」

「対抗策ですか?私のお母さんに?」

「そう。妖術師に対して。そもそも妖術師の事を私知らないもん。お母さん妖術師なんでしょ、今時何よそれ」

「じゃあ、そこから話します。ちょっと長くなるかも」

「いいよ。とりあえず頼む」


 寝そべった私の手の甲にふわっと薄絹のような感触がした。おや?と思ってちらりと見上げると、純白の女の子が私のすぐ横にちょこんと座っていた。薄絹の感覚は彼女のスカートが触れたせいだった。

「私の家系は平安時代から続く妖術師でした。昔は需要がかなりあったらしいのですが、時代が進むにつれてあまり活躍の場は無くなりました。それでも特殊な力は代々伝わっていて、それがどんな役割であったのか知るために妖術の使い方も伝えられてきました」

 ふと疑問を挟む私。

「妖術って、妖怪とか呼び出して使い魔みたいに使うの?」

「いえ、私の家系ではそんなことは……。妖怪とか悪魔とか、そういった者は見た事無いですね。自分が幽霊になるまで真面目に考えたことも無かったくらいで」

「そっか。じゃあ、あなたの家系で言う妖術って何?」


「人を惑わす術です。ある程度思考をコントロールできてしまうんです。とり憑かれた状態ですね。妖術師に」

「怖い」

「そう。怖いです。今の森本小百合さんたちがそんな状態です」

「そうか、妖術師を思考から取り外さないといけないのね」

「そうですね。それが一番の近道です」

 私は納得しながら困惑した。


「どうしたら妖術師に対してそんな事出来るのよ……」

「私、協力します!」

「え」

「お姉さん、取引していただけます?」

「な、何を?」

 純白の乙女は身を乗り出して私の手を取った。綿みたいに柔らかい感触が伝わってきた。


「母からお姉さんを守るため協力します!そのかわり……」

「へえ?」

「母を諦めさせたらあの、ここに配達された小包みを私に下さい!」

「えええ」

 私は困った。これでも弟に対しては良いお姉ちゃんでやってきたつもりだ。弟宛の小包みを勝手に得体のしれない幽霊に渡して良いのだろうか。そもそも、小包みのあの本は何だろう。弟と親しい人達は優太が留学していることを知っている訳で、日本のアパートに何かを送って来るのは優太の事をよく知らない人なのは確定だ。


「あなたた達母娘とうちの弟ってどんな関係なの?」

「それも、追い追いお話します。どうか、取引を」

 背に腹は代えられない。それに、弟はあの本を必要としていないかもしれない、と私は心の中で呟いた。

 

「わかった。ちゃんと対策を考えてくれるんでしょうね」

 私はこうして取引に乗ったのだった。

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