第6話 店に来た
店長はお年寄りのデイサービス施設にパンを配達しに行った。副店長の奥さんは保育所に宅配だ。
卵黄を刷毛で塗り終わったミルクパンをオーブンに入れると隙間時間ができた。ドーナツを揚げ終わったアヤメの隣に移動し、シナモンシュガーをまぶす手伝いを私は始めた。昨日の森本さんからの電話と、純白の幽霊との会話については出勤まもなく話しておいた。さすがのアヤメも妖術師について話したらさすがに驚いていた。
「どうしよう。森本さんなんか始めんのかなあ」
ドーナツをシナモンシュガーの上で転がしながら、私は心配の声を呟いた。
「暗示をかけてるって、そもそも現代では妖術ってそんなに強い効き目はなさそうな感じがするけど。案外、あっさり暗示なんて溶けちゃうかもよ?」
「そうかなあ、だったら良いなあ」
「志帆ちゃん、やっぱり怖い?」
「それはそうだよ。それに、怖いだけでなく色んな事が起こり過ぎて私の思考が追い付かないんだよね」
「ああ、幽霊なんて滅多に見る機会ないしね。……さあ、袋詰めしよう」
アヤメがドーナツを入れるビニール袋の束を取り、私が袋の口を止める針金入りモールの箱を取ったとき、レジの北村さんが作業場に声をかけてきた。
「峯田さん、お客さんがお呼びよ」
売り場の方に応対に出ると私と同年代の女性が三人一斉にこちらを見た。
「はい、なんでしょう」
「暢気なものね。お久しぶり、私よ森本小百合」
「えっ」
「ほかの被害者を連れて来たわ。新藤真奈さんと栗田亜紀さん。二人ともあなたのワイセツ行為の被害者よ」
「そんなこと言われたって……」
アヤメが心配そうに顔を出した。北村さんも唖然として私たちを見ている。何が何だかわからないという感じだ。面倒なことになったなあと私は北村さんに説明した。
「あ、ワイセツ行為って中学校の時スカートめくりをした事なんですけど」
「言い訳をしないで!」
「そうよ!卑怯者!」
「貴女はもう責任をとれる年齢でしょ⁉」
森本さん一行は口々に私を責め始めた。
見かねてアヤメが口を挟んだ。
「じゃあ、法律に則って裁判でも何でもすればいいじゃないですか。職場まで押しかけてくるのは非常識でしょ?」
アヤメは理屈で対抗するつもりらしい。だが、森本さんは鼻で嗤った。
「貴女も卑怯ね。裁判を起こすのにだってお金がかかるのよ。しかも、勝てるかどうか分からない。そんな不確実な方法を取るより、私は確実な復讐がしたいのよ!峯田さんの社会的地位を落としてやるわ!」
「ええ、それ脅迫じゃない!」
私は思わず抗議の声をあげた。再び森本さんがせせら笑う。連れの二人も一緒に。
「それこそ峯田さん、私の事を裁判沙汰にしたら?そしたら私たち、注目されちゃうわよね。そしたら色々な人に説明をしないといけなくなるわよね。中学時代、峯田さんんにワイセツ行為をされたって沢山の色々な人に私、説明しちゃおっかなあ」
ゾッとした。どんな噂が流れるかと思うとかなり怖い。でも私は反論を続ける。
「あのね、ワイセツ行為って繰り返し言ってるけど、それ酷くない?十二、三歳の子供のスカートめくりよ?」
「子供の時の過ちの責任を大人になってから取ったっていう前例があるのよ。子供の時に怪我をさせて大人になってから裁判をして、それから慰謝料を支払うように判決が出たって言う例が実際にあるの。犯行に及んだときは峯田さんは確かに子供だったけど、大人の今ではそれは通じないでしょう?私の心の傷は今でも残っているんだし。子供の頃の過ちを大人になった今、責任を取ってほしいってことよ。それだけのことをしたでしょ?」
「え、森本さんたち慰謝料が欲しいの?」
「違うわ。心の傷を癒したいだけよ」
「あ、いらっしゃいませ」
北村さんが声をあげる。お客さんが二人ほど入ってきた。レジ前で集まっている私達を不思議そうに見ている。私は森本さんたちが騒ぎ出すんじゃないかと冷や冷やした。
「営業妨害をしたらお店には悪いわね。一先ず帰るわ」
森本さん一行はそういうと『アルマジロ』を出て行った。
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