第5話 問題が見え始める
森本小百合。それが私をワイセツ犯呼ばわりした女性の名前だった。名乗った女性は矢継ぎ早に中学時代の私の同級生だった事、スカートめくりをされて酷く傷ついた事を話すと、電話を切った。
なんだこれ……。私はこれからどうなる……。とホットカーペットの上で棒立ちしていると視界の隅に白い綿あめみたいな塊が目に入った。
……あの女の子だ。凝視しているとやがて綿あめは純白のロングワンピースを着た女の子に変わった。彼女は頭を抱えていた。苦悩している人のポーズだ
「ごめんなさいっ!私が原因なんです……」
彼女は涙ぐみながら言った。動揺しっぱなしの私は構わず質問する。ちょっと声が裏返った。
「あの、つまりこれはどうなってるの?」
「ごめんなさい……」
「あのね、理由を説明してよ……。私だって泣いちゃうよ?」
「理由は……私の母のせいとしか言えません……」
「あなたのお母さん?なんで?」
「それは……説明するのがややこしくて……」
「ややこしくてもいいから、とりあえず説明してよ」
純白の女の子はしょんぼりした表情を浮かべながら数秒間オドオドしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「私の母は、妖術師なんです」
「は?」
「妖術師です」
「よーじゅつ……」
何を言ってるんだこの子は……という表情を私は浮かべていたらしく、純白の女の子は再び涙ぐみ、非難してきた。
「やっぱり信じてくださらないんですね……」
「いや、あまりにも極端な単語が……」
「幽霊と会話している時点で十分極端な状況なんですから、ついでに妖術師も信じてくださいよ……」
「ああ、それもそうだね……」
十秒くらい二人で沈黙した。私は自分の置かれている状況の奇妙さにしばらく呆然としていたのだ。純白の女の子がしゃくりあげた音で我に返った。そうだ、質問を続けなきゃ。
「で、なんであなたのお母さんが森本さんと関係あるの?」
「暗示をかけて操っているんです。森本小百合さんを、私の母が」
「なんでそんなことを?」
「復讐なんです。お姉さんに対して、母としては」
「えっと、私お母さんにあったことある?」
「ありません」
「じゃあなんで?」
「母は思い込みが激しくて……」
言い淀む彼女の姿を見ていたら、質問したいことが複数いっぺんに頭に浮かんだ。この子に訊かないと!
「ええっと、まだまだ質問はあるわよ?しばらく会話に付き合ってくれる?アナタ、急に消えたりしないでここに居られる?」
「はい、大丈夫です」
私は落ち着くためにとりあえず大きく深呼吸した。息を勢いよく吸い過ぎてしまったらしく、ちょっとむせた。
「最初に戻ろうまず」
「最初?」
「そう、私の中では最初。まず、なんで私の事お姉さんって呼ぶの?」
「えっと弟さんがいらっしゃるから。世間的には妹や弟のいる女性の事をお姉さんって便宜上呼んだりするでしょう?」
「ああそっか、それで……ん?貴女、うちの弟の知り合いなの?」
「いえ、弟さんは私の事を知りません」
「ああ、そうか……。優太とは歳が違ってそうだもんね」
私はアヤメの、純白の幽霊が亡くなったのは最近らしいという言葉を思い出した。
弟の優太は二十歳だが、純白の女の子は十五、六歳という感じだ。この女の子は、早世してしまったのだろう。
「貴女、最近幽霊になったんでしょう?」
「はあ、まあ、今年幽霊になりました。高校入学後にまもなく」
「そうだったの……。ゴメン。つらいこと訊いちゃったね」
「いいえ、そんな。気にしないでください」
「えーっと、どこまで話したっけ。それとこれとは別に訊きたい事まだあったけど」
「その、答えずらい事が実はあったりして……」
「……」
「……」
幽霊とはいえ、相手はいたいけな女の子なのだ。頭に上っていた血が落ち着いてくると、私も穏便に質問しようという気持ちになってきた。
「そうだ!小包み、届いたよ」
「え、そうなんですか?あの、それいただけます?」
「いや、そういう訳には。だって、一応弟宛の物だし」
「そうですよね……。そこを何とかしてくださると嬉しいのですが」
「うーん、その小包みの事だけど、あれって本でしょ?貴女の本だったの?」
「ってことはお姉さん、中身見てないんですか」
「見てない見てない。だって、見たら祟るって貴女言ったでしょ」
純白の乙女はホッと胸を撫で下ろした。安心したように微笑んでいる。
「良かった、お姉さん、優しい方だから、祟りたくなかったんです」
「そう……。あの、差出人が笹宮深雪って人だったけど、知ってる人?」
「えっお母さん、そこまでしたの?」
純白の乙女は唖然とした表情をすると頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「笹宮深雪ってお母さんの名前?」
私も彼女と同じ目線の高さまでしゃがみ込むと、静かに質問を続けた。
「違うんです、その名前はお母さんじゃないんです……」
純白の乙女は再び涙ぐみながら言うと幽霊らしく徐々に消えてしまった。
「なんだ、やっぱり消えちゃうんじゃない……」
私は、困惑とともに残されたのだった。
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