第5話 平和は基本的にすぐ逃げる
早朝に村を出発し、村長に教えてもらった近道を進めば、夕方には街道へとたどり着いた。
天気は晴れで、やけに赤い夕陽が、街道を照らしている。街道には、馬車が二台待機していた。
あれが馬車か。なんか初めて実物を見たぞ。……でも、馬車という割には、引く動物がどうも普通の馬では無さそうなのだけど?
「……馬に角、生えてない?」
「ユニコーンですからね。力とスタミナが高いですし、多少の負傷も勝手に治るので重宝しています」
ふーん、ユニコーン。そう思ったら、視界の端にメッセージウインドウが出てきた。【万象の閲覧者】だ。
《魔物:ユニコーン 種族:上位魔獣
・馬型の魔獣。自動回復の種族スキルを所持するため、古来より人間と共存していることが多く、人懐っこい個体が多く確認されている》
「ふーん……」
「どうされましたか?」
「あ、いや、なんでも。ユニコーン見るの初めてなだけだから、気にしないで」
「は、はあ。あ、ヒルフェ様はこちらの馬車に」
「ん、わかった」
メッセージウインドウを消すと、指定された方の馬車へ乗り込む。ちなみに、どうもメッセージウインドウ……【万象の閲覧者】は、他の人には見えない様子だ。村の人で試したことはあったが、その時も誰も見えなかったっけ。
馬車は俺とレイ、ライとロイの二手に分かれた。俺の乗ったほうが若干豪華らしいのだが、正直、あまり乗り心地はよろしくない。自動車と比べてしまったら、の話だが。
魔族の時間感覚というのは、それはそれは素晴らしい。昔のことを今のように思い出せるのに、時間の流れが速すぎたり遅すぎたりしない。基本的に、人間よりちょっと早いかなくらいだ。まあ、そもそも元々、俺は人間だったってのもあるだろうけど。
だから、前世の記憶は、覚えている範囲ならしっかりと思い出せる。自動車の乗り心地も、記憶として覚えているのだ。
馬車……というか、ユニコーン車に乗ると、もともと車内で待機していたのであろう御者がユニコーンの手綱を握り、出発させた。
「……なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「俺の噂って、どこから流れ始めたか知ってる?」
森を抜ける間に、興味本位で色々聞いてみた。”
そうしたら、『生命の理を操る力を持ち、死せる者を灰より蘇らせ、彼の者の前に不治の病は無い。世界の知識集まる本を持つ、命司る禁書』なんていう、仰々しいとかそういう範疇じゃねえ答えが返ってきた。
実際、この噂のせいで、会う前はレイ達は俺のことを老人のような見た目か、気難しい奴だと思っていたらしい。
まあ、魔王って言われてるんだもんね、仕方がないね。俺、魔王じゃないけど。
「出処ですか……確か、吟遊詩人達が伝えてきているのですが、詳しい原因は分かりませんね……」
「だよなぁ」
「そちらも、終わり次第探してみましょうか?」
「んー、まあ、興味があったら頼むかも」
しばらく、会話したりしなかったりしながら進む。夕日は徐々に沈み、そして、夜が訪れた。
今日は新月らしく、多くの星が見える。日本と違って、夜も明るいなんてことがないため、かなりの数の星が見えている。
だが、月のない夜空というものは、どうも少々の不安を感じる。
ある程度の距離まで来たため、一度野宿することとなった。街道と言っても、あまり整備はされていない道で人通りも馬車通りもなく、人間向け獣道という感じだ。目印となる石が、所々埋め込まれている程度か。
俺達は、魔法で火をつけた焚火の上に飯盒のようなものをかけて、そこに水やらなんやら突っ込んだスープを作り、馬車に積んでいたパンとアップチュリンを食べようとしていた。
アップチュリンはかなり珍しい果物らしく、御者二人だけでなく、レイ達も手に取ってまじまじと眺めていた。
俺はここ数百年ほど、おやつとして普通に食べていたので、その光景の方が珍しく感じた。
「食べねえの?」
「あ、いや……アップチュリンを一人一個、まるまる食べるような体験など初めてで……」
「ヒルフェ殿は知らないかもしれませんが、アップチュリンはそうそう市場に出回らないのです」
ライが説明してくれたことと、【万象の閲覧者】で俺が見た情報を合わせると。
アップチュリンは魔力と綺麗な水が潤沢な土地でのみ実る果物。きれいな水といっても、ミネラルのようなものが多すぎると、ただのリンゴ型の宝石になってしまう。それはそれで売れるそうだけど。
しかし、条件を満たした土地で実ったアップチュリンは濃厚な魔力を内包し、食べた者の生命力と魔力を大幅に回復する効能を持つ。ぶっちゃけ、天然のエリクサーのような果物だ。すごぉい!
ちなみに、味はモロ、リンゴ。なめらかな舌触りで、甘味が強くておいしい。紅茶と一緒に味わうのが、個人的に好きだ。ジャムにするのもいいけどね。
「ふーん。あ、アップチュリン剥こうか?」
「……お願いします」
レイが剥こうと苦戦していた、赤いアップチュリンを受け取る。
アップチュリンは熟し具合によって、青から紫、そして赤へと変化する。稀に違う色に変わる個体もあるが。
熟したアップチュリンは、コランダムのような硬度の皮に覆われているため、普通の方法では剥けない。それこそ、鋭い剣ですら通らない皮を剥くには、コツがある。
ヘタの所を軽く押しながら、真っ直ぐに魔力を籠める。すると、あら不思議。固い宝石のような皮の部分だけがきれいに二つに割れて、ただの容器の蓋のように外せるようになったではありませんか!
皮をとれるようにしたアップチュリンを、レイに渡すと、ライやロイ、それから御者二人も申し訳なさそうに頼んできたので、皮を外せるようにして渡した。ついでにコツも教えといた。
スープとパンは旨い。固いパンをスープにひたして食べる方式なのだが、給食のコーンスープをパンできれいに拭き食べていた俺からすれば、そんなもの苦ではない。むしろ、俺はパンをスープにつけて食べるのは大好きだ。コンソメスープでないのが悔やまれる。
アップチュリンはデザートとして食べる。今日はスプーンがないため、身を丸齧りだ。
……うん、あっっまくて、とってもおいしい。おいしいからか、気づかないうちに笑顔になる。ふと他の5人を見れば、アップチュリンのおいしさからか、皆、笑顔になっていた。
いやー、平和っていいよね。そう口にしようと思った時。
「何か」が、頭上を駆け抜けた気がした。
ふと空を見上げる。そこには、さっきも見た満天の星空が広がって――――いなかった。
星ひとつない、真っ暗な空。いや、空、というよりも、これは……
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「……なんでしょう」
「空ってさ、こんなに煙に満ちているものだっけ?」
「いえ、そんなはずはありません」
レイだけでなく、他の4人も否定する。
なんだこれ?と思って立ち上がり、【解放の魔】で解析にかけてみる。すると、すぐに結果は【万象の閲覧者】が教えてくれた。
《スキル:【̪紫怨の毒】
・任意の効果を含んだ毒素を生成可能。散布形態も任意。専用スキル。》
いやな予感。
「なあ、まだ夜だけど、進……お、おい、大丈夫か?!」
振り返ると、御者2人が息苦しそうに、胸の辺りをおさえてうずくまっていた。ライとロイの顔色も悪い。レイも若干しんどそうに見える。
「大丈夫です、ですが、これは、魔王……」
「その通り!この俺様――――」
突如声がした。その方向を向けば、少年がいた。
鎖と宝石で飾り立てた、パンクロック風の金髪金眼の少年。肌の色は、紫色。容姿だけなら、移動中に聞いていた。しかし、どうして今ここにいるのか……問題はそれだった。
そう、この偉そうな少年。彼こそが、騒ぎの元凶――――
「――――この俺様、魔王ヘイル様のおかげって訳だ!」
――――――――”
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