籠の鳥はいつ出やる。庭の花はいつ咲きやる。

若葉色

序章

「綺麗な花ね」

 琴を爪弾くようにまろやかな声がした。惚れ惚れするほどの声はしかし、痰が絡んで掠れている。お風邪を召されているのですか、とつかえながら問えば、そうなの、と返された。

「お蔭で外に出ることも出来ないのよ。とてもつまらないわ」

 だから、貴方がこの花を持ってきてくれて、あたくし嬉しいわ。彼女が微かに笑う気配があった。

「こんなものでも、喜んでくださって…俺も嬉しい、です」

 すると、几帳の裏で物音がして、慌てたように彼女が顔を出した。

「こんなもの、だなんて言わないで。だってあたくし、こんなにも綺麗な花見たことないのだもの」

「畏れながら…花など飽きるほど見られるでしょうに」

 俺がそう言うと、「…確かに、飽きるほど見てきたわ」と彼女は俯いた。「大切に世話されて、素晴らしく作られた花ならば」

 ―俺は、その言葉にはっとさせられたのだ。

 そんな俺を見て彼女は小さく微笑み、これは違うでしょう?と問うてきた。

「これは野の花でしょう。自由で強くて、本当に可愛いわ」

 こんなにも素敵な花、あたくし見たことない。もう一度そう呟いて、彼女は小さな柔らかい手で俺の荒れてごつごつした手を取り「ありがとう」と囁いた。「とっても、とっても可愛いわ」と。

 蕩けそうに甘い彼女の笑顔は年相応に愛らしくて、同時に俺は切なくなった。こんなにもあどけない少女が姫様姫様とかしずかれて、籠の鳥のごとく育てられている。そんな彼女を自由にしてやりたいと―解き放ってやりたいと、身の程知らずにもそう思ってしまったのだ。

 気付けば俺の口は勝手に動いていた。

「…俺が!」

 俺が、貴女をいつかきっと自由にする。

 握られた手を握り返して強く言った俺に、彼女は目を真ん丸にした。手前勝手なことを言ってしまった俺に怒ることも、咎めることもせず、彼女は―琴音ことねはふんわりと目元を緩めて「約束よ」と笑い掛けてくれたのだった。

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