第三章ー3
家に帰ると、ダンと鉢合わせした。
ボストンバッグを肩から提げており、目の下には濃いクマが浮かんでいる。
「おう、ミドリ」
「…………」
何も答えずにいると、ダンは頭を掻いた。
「あー、なんだ。また帰りが遅くなる」
「……そう」
「アオイから聞いた。今週文化祭だってな。俺も行くつもりだ」
「そうなの」
それだけ言って、ダンの横を通り過ぎる。後ろから「ミドリ」と呼びかけられても、振り返ったりしなかった。
「お前、あの道化野郎に協力していたってのは本当か?」
「だったら、何?」
「なんでだ?」
「……そんなこと、おじさんに言う必要ある?」
心臓の鼓動が速くなる。
口答えしているみたいだ。いや、実際にそうなのかもしれない。
ダンがため息をつくのが聞こえた。呆れているのだろうが、少なくとも今は怒っているわけではないようだ。
「ミドリ、いいか?」
「〈マスカー〉には関わるなって言うんでしょう?」
「それもあるが、この事件には深入りするな。なんだか嫌な予感がしやがる」
ミドリは振り返り、「どういうこと?」
「あの道化野郎が捕まっても、まだ生徒が行方不明になる事件が続いている。あいつの言う〈ファントム〉とやらの仕業なんだろうが……どうにもキナ臭い。そこで、お前の文化祭に行くことにした」
重々しい口調だった。
ダンの意図がわかり、ミドリは愕然とする。
「まさかおじさん、〈ファントム〉が私たちの高校にいるっていうの?」
「可能性の話だ」
「そんなのありえないよ」
「なぜそうと言い切れる」
「それは……!」
続く言葉は出なかった。自分の考えていることがただの希望的推測に過ぎないことを、刑事という立場の人間から突きつけられたのだ。
「それは……」
「ミドリ。お前は気づいているのか? 〈ファントム〉が誰かなのか」
「知らない。わからないよ……」
ミドリは力なく首を横に振った。
ダンは続ける。
「もう一度言うぞ。この事件には深入りするな。お前は危なっかしいところがある」
「……おじさんに言われたくない」
「それもそうだな」
ダンはボストンバッグを担ぎ直し、背中を向けた。
「おじさん。道化さんは?」
「あの野郎なら特に問題ない。おとなしいもんだ。それが逆に腹立つがな」
「道化さんは無実だよ」
「だが、〈マスカー〉だ。人を傷つける可能性がある以上、見過ごすことはできねぇ。あの仮面は銃やナイフなんかとは比べものにならねぇ危険な代物なんだ」
「道化さんじゃなきゃこの事件は解決できないよ」
「…………」
ダンが向き直る。険のこもった目つきだった。
「警察——いや、俺が信用できないってか?」
「そこまで言ってない。でも、道化さんなら〈ファントム〉をどうにかできるって信じてるから。だって、私たちの高校で暴れたあの〈マスカー〉を、道化さんはおとなしくしてくれたもの」
「グルって可能性もあるぞ」
「そんなことない」
「あの道化野郎がなんの罪も犯してないと、言い切れる根拠はあるのか?」
ミドリは口をつぐんだ。
ダンはそれを返答と受け取り、「この話はおしまいだ」
「おじさん!」
「俺の分のメシはいらねぇ。しばらくは帰らないつもりだ」
「聞いて、おじさん……!」
ダンはもう振り返らなかった。
ドアが閉まり、自分の手から鞄が滑り落ちたことに、ミドリは気づかなかった。
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