第三章ー1「白日の仮面」
ミドリはあれから、ダンと口をきかなくなった。
ダンもまた、ミドリに何も言わなかった。帰りが遅くなることが多くなり、朝に顔を出すことはほとんどなかった。
いつもの朝――アオイがノックをしても、ダンが部屋から出てくる様子はない。
「おじさん、まだ寝てるのかな?」
「知らない」
アカネは我関せずといった具合に、食事を進めている。
「ミドリお姉、なんか知らない?」
「……知らない」
ミドリも同様だった。
アオイはぷうっと頬を膨らませ、「なんか変」
「もうすぐお姉たちの文化祭なのに、何も言わなくていいの?」
「だから知らないっての。おっさんは仕事で忙しいだろうし、そんならわざわざ伝えなくてもいいっしょ」
「でも、何も伝えないのはかわいそうだよ」
アオイがそう言っても、ミドリもアカネも応えなかった。
不満げに口を尖らせつつ、アオイはランドセルを背負った。
「とりあえずおじさんにはわたしから言っておくけど、いいよね?」
「好きにすれば」
「ミドリお姉も、いい?」
「……うん」
「わかった。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
アオイが出かけた後に、アカネは箸を置いた。
「ミドリ」
「なに?」
「もうすぐ文化祭だけど、劇の方はどうなのさ」
「うん、順調だよ。台本の手直しも終わったし」
「今度の土曜と日曜か。どうすっかな」
「アカネちゃん、行かないの?」
「バイトあるけど、アオイが行きたがってるしね。おっさんがやってくれるってんなら話は別だけどさ」
「…………」
「おっさんが来るの、嫌?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「あんたたちの様子がおかしいことぐらい、あたしでもわかるよ。あんたの帰りが遅かった時からずっと変だもの」
ミドリは箸を止め、そっとテーブルに置いた。料理はほとんど減っておらず、みそ汁に至っては手つかずのままだ。
それをアカネは一瞥し、またミドリに視線を戻す。
「あの変なのに関係あるの? 真っ白のあいつ」
「どうしてそう思うの?」
「あんた、やけにあいつにこだわっているみたいだから」
「そんなことないよ」
「それならいいんだけど」
ごちそうさまと言い、アカネは食器をキッチンに持っていく。
水の流れる音。
ぼんやりとテーブルを見下ろしていると、「ミドリ」と呼ばれた。面を上げればアカネが鞄を手にしているところだった。
「あたし、先に行くから」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
「戸締りよろしく」
適当に手を振る。
次女の背を見送り、ミドリは椅子にもたれかかった。
ミドリは小さく息をついた。アカネもアオイも自分たちの様子がおかしいことに気づいている。
二人に心配をかけているのは心苦しかった。
ただ、叔父のことは許せない。
一方で――仕方ないという思いもあることは否定できない。しかし〈ファントム〉のことは何も解決されていないのだ。
彼なら――道化ならばこの事件を解決に導けるかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが、これでは〈ファントム〉は野放しのままだ。
それがわからないはずがないのに。
なぜ、わかってくれないのだろう。
どうしてきちんと聞いてくれないのだろう。
「おじさんの、ばか」
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