第二章ー5

 その怪人は、生まれながらにして顔にひどい傷を負っていた。


 見世物小屋に閉じ込められ、侮蔑と嘲笑の対象とされてきた。彼はそこから逃げ出し、一人オペラ座の地下に逃げ込んだ。


 だが、そこでも幸せとは縁遠かった。泥水をすすり、虫を食み、血を流しながら爪でここに潜り込んだ日数を数えるような日々だった。


 唯一の救いは真上からの――オペラ座から流れてくる音だった。


 聞いたことのない音色。そして美しくもあり、時には苛烈でもあり、それでいて体の芯から――いや、魂から震えるような歌声。


 彼は衝動を堪えきれず、身を隠しつつオペラ座を覗いてみた。


 圧巻だった。


 無数に連なる赤い座席。地下よりもはるかに高い天井。二階にも貴賓席きひんせきが設けられている。分厚い幕に、輝かしい舞台。そこで歌い、踊る演者たち。耳から耳へと突き抜けていくような独特の空気と重厚な音楽。


 目が眩むほど――何もかもが美しかった。


 醜い自分にははるかに縁遠い世界。


 欲しい、と思った。


 生まれて初めて味わう渇望。オペラ座のすべてを我がものにできれば、もしかしたら自分の傷も癒えるかもしれない。そう信じて。


 彼はそれから盗んだ筆記具と羊皮紙で、初めて脚本を書いた。真上から流れてくる音楽と台詞とで、ストーリーの流れは理解していた。いかに観客の好奇心をそそるような脚本にできるかを肌で感じ取っていた。


 そして、その脚本と手紙とを支配人に送りつけた。オペラ座の興行収入が伸び悩んでいることを重く見ていたその支配人は脚本に魅入られてしまい、それをもとに公演を敢行かんこうする。


 公演は類を見ない評判と収入を呼び込み、それから支配人は謎の手紙の主に報酬を支払った。


 それからオペラ座は、彼の脚本なしには成立しないほどになった。


 評判が確たるものとなった頃には、彼はとっくに成人を過ぎていた。


 やがて彼は一人の女性に恋をする。


 彼女が舞台で一番の輝きを放つために、彼はあらゆる手段を惜しまなかった。どんな妨害に遭おうとも、恋敵とぶつかることになろうとも、素顔を見られて拒絶されても、彼は諦めなかった。


 幸福は、愛は、誰にでも平等であるべきだ――


 そうと考えなければ、醜い自分が生きられるはずがないのだから。

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