第一章ー3
「んじゃ、また後でね」
「うん、またねアカネちゃん」
気だるげに手を振りながら自分の教室に向かうアカネ。ちなみにクルミとはミドリと同じクラスであるので、一緒に入る。
「はぁー、朝から気分サイアクー」
机に載せた鞄にぼすっと頭を載せる。
前の席のクルミに「まぁまぁ」と声をかけた。
「久良木先生、言ってたでしょ? ひとつだけ持ってきて鞄に忍ばせておけみたいな。先生だって全面的に否定してるとかじゃなくて、ちょこっと見逃してくれることもあるんだと思うよ」
「そのちょこっとがわかんないのよー。どこまでセーフなのかとかー」
クルミがばたばたと足を動かしていると、チャイムが鳴った。それからほどなくして、エリが教室に入ってくる。
「みんな、おはよう」
『おはようございます』
全員びしっと起立し、一礼する。
他のと比べてエリのクラスは統制が取れているという話があるが、きっとこういうことをいうのだろうとミドリはつい考えてしまう。
「それじゃホームルームを始めるわ。……でも、その前に」
ミドリのみならず生徒一同が身構えた。エリの口からどんなことが飛び出してくるか戦々恐々としている。こういう時に彼女が何かしら良いニュースを持ってくるとは思えないからだ。
案の定、エリの語る言葉はミドリたちには驚きのものだった。
「昨日、三葉高校にて〈マスカー〉による被害者が確認されました。まだニュースになっていないけれど、時間の問題だと思うわ。もしかしたらここにもマスコミが来るかもしれないから、その時は相手にしないで」
しん、と場が静まり返る中、恐る恐る手を挙げたのはクルミだった。
「あの、被害者って……女の子ですか?」
「詳しいことはわからないけれど、その通りよ。それが一体?」
「あ、あの……もしかしたら〈ファントム〉の仕業かなーって」
するとエリの目が細くなった。
「〈ファントム〉……それは一体どういうものかしら?」
「あ、その、ただの噂なんですけど。仮面をかぶった怪人が、女の子をさらっているって。そんで見つかった女の子は、みんな顔がなくなっているって」
「……ふぅん」
エリはクルミの話に興味を示したようだった。後ろを向き、幅広いホワイトボードにマーカーを走らせる。卵型の人の顔に、上半分だけの仮面をかぶせたイラストだった。その顔の下にはマントまでついている。
「もしかしてその〈ファントム〉って、こういう感じかしら?」
「え、なんでわかるんですか?」
「仮面をつけていて、〈ファントム〉とくれば連想できるものはひとつしかないわ。……そうよね、引島さん?」
いきなり名を呼ばれ、ミドリはうろたえた。こんな形でクラス中の注目を浴びるのはあまりいい気持ちではない。
とはいえエリの指名だ。答えないわけにはいかなかった。
「ええと……そう、ですね。『オペラ座の怪人』の〈ファントム〉。その……私たち演劇部がこれからやる演目でもあります」
「え? それってどういうの?」
クルミが振り返る。彼女の目は明らかに好奇心に輝いていた。
ミドリは鞄に目を落とした。その中には『オペラ座の怪人』の台本が入っているからだった。
「簡単なあらすじを言うと、舞台で演じる女性に『オペラ座の怪人』こと〈ファントム〉が恋をするって話なの。かなり昔のラブストーリーなんだけど……」
「結構。そこまで」
ぴしゃり、とエリが言った。
「あまり先の内容を話すのは感心しないわ。でも、説明をしてくれてありがとう」
「あ、はい……」
「『オペラ座の怪人』かぁ……」
クルミは何事か考えている。
噂話が好きな子だから、おそらく頭の中で色々な情報を絡ませているのだろう。
そして無謀にも、エリに問いをぶつけた。
「先生、その〈ファントム〉って男性なんですか?」
「そうだけど?」
「じゃあ、昨日の事件の犯人は男性?」
「……とも言い切れないわね。なにせ情報が少ないの。仮面をかぶっていてマントを羽織っているのなら、体格などをごまかせるかもしれない。もしかしたら女性という可能性もあるわね」
「そうなんですか!? ……あ、すみません」
周囲の目を気にしてか、クルミは声を落とした。それでも好奇心は止まらないらしく、またも手を挙げる。
「ええっと、先生」
「そこまで。こういう話にあまり踏み込まないように」
「……はい」とクルミはようやく着席した。
「繰り返しになるけど、マスコミが来ても何も話さないように。それからできるだけ明るい内に帰ること。どうしてもという場合は夜道に気をつけること。この三点は必ず守ってほしいわ」
『はい』と生徒の声が揃う。
「結構。では、別の話に移るわ」
エリはそれから出欠の確認などを事務的に進めていった。
ミドリの目はエリの後ろにある、〈ファントム〉のイラストに向けられていた。上半分だけの白い仮面をかぶり、マントを羽織った人物。
そして昨日のことを思い出す。彼もまた白い仮面を着け、道化の衣装をしていた。
これは偶然なのだろうか。
二人の〈マスカー〉が同時に姿を現すなど――
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