第一章ー2
都内では最大級の規模を誇り、甲子園でもコンクールでも華々しい成績を残している。創立されてからまだ年数は浅いが、その分設備は充実している。
中でも最大の特徴といえるのは、体育館とは別に建てられた多目的施設である。上空から見ると円形となっていて、地上一階から三階は主にコンピュータールームや食堂がある。そして地下は広々としたホールが設けられており、そこでは合唱コンクールや演劇の発表会など、多岐に渡って使われている。
さらにもうひとつの目玉といえるのは、校門に至る道にゲートが設けられているという点だ。生徒一人ひとりにIDカードが配布され、それをゲートにかざすことで登校、下校時刻を記録するのである。これは生徒たちを律することのみならず、不審者の立ち入りを防ぐことも兼ねている。当然のごとく
そればかりではない。ゲートの向こう側では不定期的に持ち物検査が行われている。担当となる教師と警備員の目視によって不審物や不要物の取り締まりをしているのだ。警戒しすぎではないかという保護者からの声もあったが、〈マスカー〉の魔の手が生徒にも伸びるのではないかという可能性を示すことで黙らせた。
そして本日、持ち物検査を行っているのは――
「げ、
アカネが嫌そうに顔をしかめる。
ゲートの先にはショートカットの女性が生徒の鞄の中身を確かめているところだった。
久良木エリ。ミドリの担任であり、国語科教師でもある。演劇部の顧問も務めており、生徒からは畏敬の念を集めている。
飾り気のない黒のシャツに、同色のスラックス。ネクタイまでも黒という徹底ぶりである。細身で長身なので、そのままモデル誌に載っても違和感のないほどに様になっていた。
「アカネちゃん、何か持ってきているの?」
「まぁ、マンガとかさ……」
「久良木先生、厳しいからなぁ。いっそのこと自分から白状しちゃえばいいんじゃない?」
「それで済むとは思えないわよ。あんたは久良木に可愛がられてるからいいけど、あたしはそうじゃないんだから」
「ていうか、呼び捨てはよくないと思うんだけどなぁ……」
IDカードをゲートにかざそうとした時――後ろから「おーい!」と声をかけられる。
振り向けば小柄かつツインテールの女子が手を振りながら走ってきているところだった。鞄には大量のぬいぐるみがぶら下がっている。
「ミドリ、アカネ! おっはよー!」
「おはよう、クルミちゃん」
「あんた、運がないわね」
呆れ顔のアカネに、クルミは「んん?」と首を傾げた。
アカネが親指でゲートの先を示すと、クルミも「げ」と呻いた。
「よりにもよって久良木先生? マジか……」
「だからほどほどにしときなさいつってんのよ」
アカネがクルミの鞄を見下ろして、言い放つ。クルミはといえばすっかり青ざめている始末だ。
ミドリは苦笑いしながら、「まぁまぁ、行こうよ」
三人はIDカードをゲートにかざし、通過する。その途端、エリと目が合った。
蛇に睨まれたカエルのような心境で、ミドリが率先して口を開く。
「おはようございます、久良木先生」
「おはよーございます……」
「おはよございます……」
ミドリの一礼にアカネとクルミも続く。
エリは「おはよう」と返し、それから腕を緩く組んだ。
「朝の挨拶はきちんとなさい。今の内からその調子では、この一日を乗り切れないわよ」
「すみません……」
なぜかミドリが謝る。
「まぁいいわ」とエリは言い、鞄の方を指さした。
「とりあえず持ち物検査。……と言いたいところだけど、桃ノ
ぎく、とクルミが肩をすぼめた。
「大量のぬいぐるみにキーホルダー。明らかに校則違反よ。どうせつけるならひとつだけにして、鞄の底にでも忍ばせておきなさい。それと、キャラクターものをつけていると幼稚に見られるから気をつけること」
「いや、あの、でも、好きだから……」
「言い訳は無用」
「はい……」
すっかり意気消沈したクルミの次に、エリはアカネに狙いを定める。
「引島アカネさん、あなたは?」
「あ、えーと……マンガを一冊……」
「サバを読まないで。わかってるのよ」
「……ほんとは、三冊持ってます。その、暇つぶしに」
エリは組んだ腕を解き、アカネの鞄の中身を確認した。
「本当ね。でも、三冊は多いわ。それにマンガは感心しない。小説でも読んでおいた方が人生の肥やしになるわ」
「あーっと、その……文字が多いのは苦手で」
「言い訳は結構」
今度はアカネががっくりと肩を落とす番だった。「だから嫌なんだよ……」と呪詛をつぶやいている。
エリは最後にミドリを見やった。
「引島ミドリさんは……別にいいわね」
「え、いいんですか? でも……」
「あなたの素行は色んな先生が認めている通りだから。それに、持ち物検査を行うのはあなただけではないのよ」
後ろを見れば、検査を待っている生徒が並んでいた。
「とりあえず没収はその後。もういいから行きなさい。じゃないと授業に遅れるわよ」
「「「はい」」」
三人の声が揃う。
エリからだいぶ離れた後で、アカネとクルミが揃ってため息をついた。
「あーあ、いやんなっちゃうなぁ。よりにもよって担当が久良木先生だなんて」
「ほんと、ほんと。おまけにミドリは見逃してもらってるし」
「え、私?」
じろり、と二人に睨まれた。
「ほんと、あんたは久良木の大のお気に入りだよねぇ。こないだも脚本を褒められたって言ってなかった?」
「褒められたって言っても……一言だけだし」
「でも、あの久良木先生が人を褒めるなんてめったにないよ~」
「そうかなぁ」
「「そうだって」」
またも二人の声が揃う。
ミドリはあは、と苦笑した。
三人はそれぞれ違う足取りで、校舎へと赴いた。
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