十五夜と彼岸花と地蔵

藤泉都理

十五夜と彼岸花と地蔵



 

 十五夜には不思議な現象が多々起こる。


 ほら、ここにも。






 むかし、むかし。

 十五夜の夜はお供えや畑の作物を盗んでいいという習わしが多くの地方であったとさ。


 常ならば盗みを働けば折檻を受けるところ、この日だけは例外とあって、腹を空かせた一人の童子は今か、今かと夜を待っていたが。




「根こそぎ奪われてる」


 童子は心底、地に埋まらんが如く、肩を落とした。

 月光の下、眼前に映し出されるのは貪り尽くされた畑の成れの果て。

 喜色の声音を高々と上げるのは、大人と彼らに群がる他の童子。

   

 足が特別速いわけでもないので、大人に適うわけなどない。

 童子は口を尖らせ、そして、への字に曲げた。

 

 ほかのやつらも期待できないだろうなあ。

 

 一緒に暮らしている四人の童子を思い浮かべては、そう思った。


 分別がつくようになってから、毎年の如く。


 時々、近隣からおこぼれはもらうが、腹いっぱいには到底及ばない。

 いつになったら満足できるまで食べる事が叶うのか。

 ぎゅるるると空腹を訴える腹の音は、他の音にだって負けていなかった。




「あーあ」  

「取り損なったようだな」


 後ろから話しかけられた童子は、勢いよく振り返ると、そこには、二人の人物が居た。

 童子と同い年くらいの童子に、見た事もない派手な着物を身に着けている少し怖い印象を与える大人の女性。

 年の差からすれば、親子の間柄だろう。若しくは、姉弟か。

 この村では見た事がなかった。

 

「なんかよう?」

「やる」


 何かが放り投げられて、こちらに向かって来る。

 大きさに反するその軽々しい動きに、童子は気楽に受け止めようとしたのだが、結果、その衝撃に尻もちをつく事になってしまった。

 何だと目を丸くする童子が受け止めた物体に目を向ければ、それが合図かのように、風呂敷の結び目が解かれて、かぼちゃや、冬瓜、里芋、れんこん、なす、透明な何かに包まれた米がぽろぽろと地面に零れ落ちた。


 思考が正体を突き止めるまでの間、微動だにしなかった身体はしかし、食べ物だと認識した瞬間、瞬時に拾い上げて、風呂敷に集めて、ぎゅうぎゅうに固く結びなおし、それをきつく抱きかかえ、即座に踵を返し、わが家へと駆け走った。

 礼を述べる、など、頭の片隅にだって、考え及ばなかった。

 もしかしたら、毒かもしれないとは危惧したが、どこかで、構わないとも思っていた。

 





「さてと。今回は何人が餌食になるか」


 女性が不敵な笑みを浮かべた途端、この時期に似つかわしくない生温かく不気味な風が地を這った。








 

 


  







「あらら。今回はこの子たちだったのね」


 近隣の女性がお裾分けにと、満月がまだ煌々と輝く頃、童子たちが住む家へと訪れれば、お腹をこんもりと盛り上がらせて、身体を大の字にして眠りこけている童子が五人が目に映り、目を細めた。


 

 耳にした事があったのだ。



 十五夜の夜にだけ、腹を空かせた人に大量の食べ物を恵む何かが居ると。

 親切な人物か、酔狂な人物か、それとも、あやかしの類いか。

 目印のように、或るものを、食料の中に紛れ込ませるのだという。


 女性は童子の傍らに落ちていた、或るもの―――彼岸花の球根を手に取った。

 

 童子らには決して手にしてはいけないと諭してはいるが、どうしても食料が手に入らない事態に陥った場合にのみ、彼岸花の球根は特別な方法で口にしていた。


 今はまだ、その困窮の事態ではなかったけれど、いつ、そうなるのか。


「そんな事になってほしくないんだけどねえ」


 女性は手に持っていたかぼちゃと里芋を童子らの傍らに置くと、そのまま踵を返した。














 




「なあ、今回は何人の人間が間抜けな姿を晒していると思う?」


 誰もが後ずさりしそうな表情に、けれど、童子だけは呆れ顔を返しただけだった。


「五人ですよ。とりあえず、今夜は」

「・・・・・・そうか。へえ。なら、明日もその五人は間抜けな姿を晒すわけか」

「本当にそう思ってます?」

「増えるに越した事はないが、どーでもいい。五人だけでも満足だ」

「はいはい」

「まだ長い。次に行くぞ」

「はい」


 童子は女性の後を追いながら、初めての日を思い出していた。


 十五夜の夜だけに起こる不思議な現象。

 地蔵の己と、傍らに咲く一本の赤い彼岸花が人の姿に化けた日の事を。

 百年前の事である。




『いつになったら、私は終わりを迎えられるのかね』




 彼岸花の寿命は数年。

 けれど、彼女はすでに百を超えている。




『動けるようになったって、どうせやる事ないし。あんたの手伝いをしてやってもいいけど、』


 いの一番に告げられた言葉。


『毒の植物らしく、毒を与えなければ、私も死ねないんじゃないか』 


 時々告げられる言葉。



 その答えを知っているであろう如来様に出会えるのは、あと幾億ばかりか。



 地蔵は植物の姿である時となんら印象が変わらない女性、光緋こうひの背を追い続けた。

 己は為すべき事を為すだけ。

 動ける身となっては猶の事。

 人々を苦しみから救うだけ。

 

 しかし、と過るのだ。 


 引っ張り上げてくれる彼女が居なくなっても、大丈夫だろうか。


 一抹の不安は過るが、詮無き事。

 分かってはいるのだが。



「おい。幸樹こうき。置いて行くぞ」

「待ってくださいよ」


 地蔵、幸樹は光緋を追い続けた。

 未だ、並ぶ事さえ叶わない彼女を。







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十五夜と彼岸花と地蔵 藤泉都理 @fujitori

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