第37話 オトシン洗礼を受ける

「お前のせいで酷い目に会ったわ」


「何度も言ってますけど、あれは不可抗力ですって。それより……」


 カバンを漁って、作ったものを取り出す。

《プレイヤー『オトシン』に【鉄のナイフ】【鉄のハサミ】【鉄の目打ち】を譲渡しますか?》

 YES←


「おぉ!? 良いのか?」


「これもクエストの一貫なので、もらってください」


《譲渡が完了しました。》

《招待クエストが完了しました。》

《【オリジナルレシピ(針)】を入手しました。》


「よっしゃぁ! これで針が作れる!」


「針だとぉ! おい! アタシにも作ってくれるんだよな?」


「まぁ、慌てずに。今俺が作れるのが、針です。さらに竹林で見つけた竹が加工出来れば?」


「あとは糸だ……。でかしたぞ! 糸はアタシの分野だな!」


「オトシンさん。スタートは近いですよ!」


 ふっふっふ。釣りの夜明けも近いですな。


「それで? いつ流通に出すんだ?」


「ん?」


「だから流通だよ」


 この人は何を言ってるんだ?

 誰かわかる?


「君達わかる?」


 他の弟子達に聞いてみるが、誰1人としてわからない。



「まさか、ドワーフ村には流通無いのか? 人族だと、コマンドに流通販売ってのがあるんだけどさ。端っこの方に」


 端っこか、……あった。


「あった」


「私は無い」「俺も無いよ」「僕も」


 他の弟子達は、みんな持ってない。

 俺との違いと言えば、成人か?


「成人しないと出て来ないとか?」


「人族は未成年なんて無かったからな。……そういうこともあるのかな?」


 ふと思ったが、ポックル族は違くないか?

 そっちを見ると、気まずそうな顔をしている。


「す、すみません。みんな知ってて使ってないものだと思ってました」


 その後も、「うん」「はい」とポックル達が話出す。暗黙のルールとして思われていたようだ。


「ドワーフ産のアイテムが出回ってない理由がようやくわかった」


 納得顔のオトシンさん。


「でも、そんなに困らないでしょ? 他の場所でも作ってるんだし」


「そんなわけあるか! 言っておくが、お前の鍛冶レベルは日本最高クラスだぞ」


 そんな馬鹿な!こんなに失敗して、こんなに中途半端なのに……。


「そんなわけないよ! みんなもそう思うだろ!?」


 後ろを向くと、気まずそうに首を左右へ振っている。

 マジかよ!?

 弟子達の話だと、俺が劣化鉄製品を作ってる時は、人族だと石器時代だったらしい。人族の配信者が、自信満々に石を削っている姿を見ていたから、間違いないと。


「なんてこった……。劣化しか予備無いけど、ハンマーだけでも流しておくか。」


「そうしてくれ」


 だが、今は工房使えないしな。

 とりあえず、スコップ出来たと2人に連絡入れておこう。

 送信っと。


「オトシンさんどうします? やりたいこととか」


「木工士にも作ってもらいたい物があるんだよな」


 俺の顔面は硬直しているだろう。そして、一瞬にして周囲から人影が消えた。

 気づいて周りを見ても誰もいない。

 残っているのは俺とオトシンさんのみ。


「お、おい。どうしたんだよ」


「くっ! 本当に木工士と知り合いたいんですね!?」


「あ、あぁ」


「つ、つ着いて来てくだださい!」


 木工工房へ向かう最中一言も話せなかった。

 教えてあげようと思ったんだ。

 だけど、言えなかった。


「木工工房アルデンね。あっちの木工所と似てるね」


「開けますよ? 心してくださいね?」


「ん? あぁ」


 ドアノブに手を掛け、そろりそろりと開く。

 10cm程開けたところで、内部の声が漏れ出て来た。


「でゅふふふふ」「あの指先。良い!」「流れる髪がたまらないわ」「ジュルリ」


 俺には耐えられない!

 開けようとする意思に反して、手が自然と閉めてしまった。


「くっ!」


 毎回この扉を開くのに30分かかる。

 入った後の言葉選びを考えると、3時間準備しても良いくらいだ。


「おい。何だ今の」


「あれが木工工房です」


「アタシが知ってる木工所と違うんだが?」


「覚えておいてください。ドワーフ村の木工工房では、アルデン様は神だ」


 その言葉を皮切りに、木工工房の扉が勢いよく開く。

 中から大量のポックル達が出て来て、各々話出す。


「さすがはNO.1。良く言ったわ」「アルデン様に始まりアルデン様に終わる」「この世の全てが置かれた場所」「アルデン様の工房へようこそ!」


 会長がオトシンに近づくと、恒例の譲渡が始まる。


「さぁ、受け取りなさい。新たな信者よ」


「おい。なんで《YESとはい》なんだ? おかしいだろ! まさかチートか!?」


「私たちはそんな無粋な真似は致しません。これはうんえいクレームり続けた我々に信託きょかが降りたのです」


 運営もおふざけ半分で許可を出したのだろうが、それ以来俺たちは、ここを魔窟と呼ぶようになった。


「オトシンさん。それが表示された時点で答えは出ています。お受け取りください」


「まぁ、貰うだけなら……。おい! 譲渡破棄不可って何だよ!」


 その気持ちは痛いほどわかる。


「あなたは今。洗礼を受けたのですよ? すぐに抜けられると思わないことです。さぁ、私たちも祈りに戻りましょう!」


 そう言って、ワラワラと巣穴に戻って行った。

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