第52話

派手に鳴り響く音にハッとする。




扉を蹴破って入って来た青年は、釘バットを片手に、もう片手に彼の兄を引き摺っていた。


振り返った自分と目が合うと、力が抜けた様子で項垂れる。


彼のこんなに必死な表情は初めて見た。




ややあって釘バットを放り投げ、いつもの笑顔で顔を上げる。




「すっかりキレイになっちゃって」




気がつけば煤と埃と蜘蛛の巣にまみれて真っ黒になっている。




「わぁあ、ごめんよぉ、一人で心細かったよねぇ」




眼鏡ニイサンが抱き上げ、優しく撫でる。




「ごめんねぇ、怖かったねぇ」




ぼろぼろと作り物の目から涙が溢れる。


人形の、人形の筈の目から。


涙が溢れて落ちる。




「ごめんねぇ」




服が濡れるのも厭わず、眼鏡ニイサンが優しく背を撫でる。




ええ、怖かったですとも。怖かったですとも。でも、違います。怖かったから泣いてるんじゃないのですよ




「まぁ、そこはどうでも良いじゃん」




如何でも良いのですかね。


そうかも知れませんね。




連れ出された館の外は、清々しい朝の日の光が辺りを照らし、まだ夜露を含んだ風が空気を洗い流す。


館の中は、あのねっとりとした闇は、すっかり消えていた。


普通の、ただの、埃が積もった古い廃墟になっていた。


入った時の足跡に数十年前であったかの様にうっすら埃が積もっていた。




「さぁ、我が家に帰ろうか」




眼鏡ニイサンが笑って言った。

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人形工場 右左上左右右 @usagamisousuke

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