第44話

「ヤギリンは怖がりの兄さんより怖がりだなぁ。おっと、テーブルがあった」




突然現れたかの様なテーブルと椅子に--どうやら食卓らしい--ネイサン青年が軽く手を付く。


その手の形に、埃が潰れて跡が付いた。


テーブルの端、視界の隅に、何やら虫の様な闇の欠片の様な何かが蜘蛛の子を散らす様に闇に紛れて行く。




「汚いなぁ」




パンパンと手を払うと、その手を……




「こらぁ、メイベルで拭いちゃ駄目でしょう」




もう、と眼鏡ニイサンが緊張感無く言う。


常々思っていたけれど……けれども!


ネイサン青年には常識とか配慮とかそう云った物が欠如シテイルノデハナイデショウカ?




「大丈夫だよう。後で綺麗に洗ってあげるからねぇ」




撫でながら言うが、眼鏡ニイサンは周囲が全く見えていないのでは無いかと疑いたくなる。


此の、何と云うか、此の、タールの中にシャボン玉の中に入って移動しているかの様な、此の不安感。そして、粘っこく蠢く闇。


いつシャボン玉が破れてもおかしくないと云うのに、余裕の表情の兄弟。




分厚い石造りの壁や申し訳程度の衝立、崩れ掛けの木の棚と崩れて同化している何か。


放置された食器類、歩く度に舞い上がる埃、廊下を進む度に触れもせずに微かに開く左右の部屋の扉。


ネイサン青年と眼鏡ニイサンは、まるで知っている場所かの様に真っ直ぐに奥へと進む。


奥の突き当たり。


突然闇の中から壁が浮き上がって来た。


ネイサン青年が軽くバールで小突くと、壁が開いて隠し扉が露わになった。


扉が、奥から押される様に、独りでに開く。


今迄、闇だと思っていた物が、薄暗がりであったと、認識を改めざるを得なかった。

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