結んで開いて綻んで⑪




テニススクールは毎日行われているわけではないらしい。 あれから毎日のようにやってきてはみたが、小学生向けのテニスはほとんど開かれていない。 

律本人に聞くことはできず、それでもただ見にきてみるしかなかった。


―――あ、今日はやってる!


外から全体を眺め、目的の相手の姿を確認した。


―――律くんは・・・ちゃんといるね。

―――あと真守くんも。


物音を立て目立ってはいけないため、鈴が付いているランドセルを地面に置く。 休憩時間やその他で、全体の動きが止まり律が近付いてくるチャンスを窺っていた。 一時間程経った頃だろうか。 

ようやく休憩の時間が訪れ、体育館の脇に荷物のところまで律がやってくる。 それは狙い通りで大和はその近くで待ち構えていた。


―――どうしよう、いつ出る?


だがなかなか決心がつかない。 正直に言えば、拒絶の言葉を受ければ大和も嫌な気持ちにはなる。 ただそれよりも大切なことがあることを分かっていた。


「律くん、今日はどうしたの? いつもより調子が悪いじゃん」

「・・・」


―――誰だろう?


律に話しかけているようだが、律は何も返事をしない。 


「このままでいいのかい? この間、律くんと律くんのお父さんが言い合っているのを偶然聞いたけど、次の試合でエースの座を僕に取られたらテニススクールを辞めちゃうんでしょ?」


その言葉で今話しているのが誰なのか分かった。 真守だ。


―――律くんはまだ、辞めるって決まっていないのに・・・!


「残念だなぁ、律くんが辞めるの。 折角いいライバルができたと思ったのに。 もっと律くんと切磋琢磨したかったよ。 ・・・あ、そうだ! 次の試合、僕がわざと負けてあげようか?

 そしたら律くん残れるよね?」

「それで残れたとしても俺は嬉しくない」

「そんなことを言っている場合? 今の調子だと、僕に完全に敗北するよ? 呑気に休んでいる場合じゃないんじゃない?」

「ッ・・・」


彼らのやり取りを聞いて、居ても立っても居られなくなった大和は二人の前へ躍り出ていた。


「律くんのことを知った気でいるな!!」

「ッ、お前・・・」


律は大和の姿を見て驚いていた。 同時に真守も驚いている。 だが最初に口火を切ったのは、律に話しかけていた真守の方だった。


「君は誰?」

「律くんのクラスメイトだよ!」


流石に“友達”とは言えなかった。 もし言ってしまったら律にどんな顔をされるのか分からない。


「へぇ、クラスメイトか。 もしかして律くんを庇いにきたの? ・・・律くん、全然嬉しそうではないけど」

「・・・」


律を横目で見ると、確かに迷惑そうな顔をして目をそらしていた。 それでも大和はめげなかった。


「まだ律くんはテニスを辞めると決まったわけじゃない! それに真守くんは知らないだろ! 律くんはみんなが見えないところで、人一倍努力して人一倍泣いているんだよ! 

 そんなことも知らないなら、律くんのことを分かった気でいるな!!」

「君は律くんのことをよく知っているというのか?」

「真守くんよりかはね! 僕はこの春にここへ引っ越してきたばかりだけど、真守くんより律くんと一緒にいる時間が長いから!」


大和はずっと律と友達になりたかった。 結局仲よくなれず終わってしまったが、いつも彼のことを目で追っていたのだ。 それに貴人たちから聞いた話でも分かる。

彼は誰よりも責任感が強く、負けず嫌いで一人で全てをやろうとする強い子なのだ。 次に大和は律に向かって言った。


「律くんも律くんだよ! お父さんとどういう約束をしたのかは分からないけど、エースから降りたらテニスを辞めるなんて決め付けるな! テニスを辞めたかったら今すぐに辞めてしまえ! 

 それでも心からやりたいと思うなら、エースから降りてもテニスを続けろ! それに真守くんが言ったように、ライバルはいた方がいいよ! ずっと成長を続けられるし、自分の限界なんてこないから!

 だからッ」


大和もこんなにヒートアップしたのはいつ以来か分からないくらいだった。 ただその剣幕と大声は非常に目立ち、慌ててやってきたコーチらしき大人に注意されてしまう。


「あー、ほらほら、君。 勝手にウチの生徒たちに声を上げては駄目だよ」

「あ・・・」

「君はここの見学者?」

「いえ・・・。 ごめんなさい」

「今は大事な練習中だから邪魔しないでね。 ほらみんな、続きをやるよー!」


その言葉を合図にみんなは練習へと戻っていった。 どうやら大和の大きな声のせいで、生徒たちからも注目を浴びていたらしい。 律も黙ってコートへと戻っていく。 

これ以上いられないと思った大和は大人しく帰ることにした。


―――・・・律くんを救おうとしたけど、駄目だった。


自分に溜め息をつく。 結局自分は空回りをしてしまい、迷惑をかけただけなのかもしれない。 もう話も聞いてくれないかもしれない。 

それでもやったことに悔いはなく、だがやり方はこれでよかったのかと反省の気持ちが湧いてくる。 少々落ち込みながら歩いていると、後ろから声をかけられた。


「おい、待てよ!」


振り返ると律が走ってきていた。


「り、律くん! あの、その・・・」


戸惑って目が泳いでしまう。 すると律は大きなモノを投げてきた。


「忘れもん。 そんな大きなものを忘れんな」

「あ、ランドセル! ごめん、本当に・・・」

「ったく」

「律くん、本当にごめん。 律くんや真守くんだけでなく、テニススクールのみんなにも迷惑をかけちゃって・・・」

「本当だよ。 俺まで追い出されたらどうしてくれるんだ。 もう二度と体育館へは来るな」

「うん、ごめん!」


大和は深く頭を下げた。 やはり失敗だったのだ。 自分が絡めば余計に駄目になってしまう。 目に涙が滲み、さっさとこの場を立ち去りたい気持ちが強まった。 しかし、律が小声で言ったのだ。


「・・・でも、ガツンと言ってくれてありがとな」


「・・・え?」


顔を上げると律は既に走り去っていた。



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