結んで開いて綻んで⑩




翌日の朝、大和は学校へ着くなり律の席へと向かっていた。 まだ貴人と博人は来ていない。 というより、律と二人だけで話したかったため早めに家を出たのだ。


「り、律くん! その、昨日のことなんだけど」

「・・・」


相変わらず律は一人席に着き黙々と勉強をしている。 無視されるのはもう慣れたのか抵抗がそんなになかった。


「昨日、まさかあんなところで会うとは思わなかったから驚いたよ。 律くんテニスをやっていたんだね。 通りで運動神経がいいわけだ」

「・・・」

「でも昨日律くんが泣いていたことが、やっぱり気になっちゃって・・・。 ねぇ、困っているなら頼ってよ。 僕でもいいし、貴人でも博人でも相談してくれていいからさ。 

 あの二人も律くんのことを心配していたんだよ」


大和の言葉を聞き、律の表情が明らかに変わった。 怒りを隠さない彼に大和は少々驚いてしまう。


「・・・何だよ、その笑顔」

「え?」

「ヘラヘラと笑っている態度が一番嫌いだって、前に言わなかったか? いい人ぶんなよ、ムカつく」

「それは、その・・・。 僕も暗い顔をするより、笑った顔をしていた方が律くんの気持ち的にもいいかなって」

「全然よくねぇよ。 寧ろ逆効果だ。 お前のその笑顔を見ていると思い出すんだよ、アイツのことを。 誰彼問わずいい人のように振る舞って、俺のことを見下している時も憎たらしい程に笑っているんだ」


明らかに誰かを思い浮かべながらのその言葉に、大和は昨日のことを思い出していた。


「・・・それってもしかして、真守くんのこと?」


「ッ・・・」


その名を言った瞬間、律は席を立ち大和の胸倉を勢い任せに掴む。


「どこでその名を聞いた?」

「だからなの? 真守くんと僕が一緒に見えるから、僕のこともそんなに嫌うの?」

「・・・」


律の質問を無視し尋ねた。 律は何も答えない。 その代わり溜め息を吐いてこう言った。


「昨日、俺の言ったことを無視して帰らなかったのか? 誰から聞いたんだよ」

「名前は分からない・・・。 でも、律くんと真守くんのことについては聞いた。 律くんのエースの座を、最近スクールに入ったばかりの真守くんに奪われそうだって」

「・・・」

「だから毎日悩んでいたんだよね?」

「・・・人の事情に首を突っ込むんじゃねぇよ。 知ったような口を利くなって何度も言ってんだろ」


そう言って手を放し後ろを向いた。


「律くん!」

「このこと、誰かに喋ったらマジで許さないから」


律は足早に教室を去ろうとした。 だが丁度ドアから入ろうとしてきた貴人と博人にぶつかってしまう。 律は二人に軽く視線を向けただけですぐに逸らし、黙ったまま教室から出ていった。 

そんな律の様子から明らかに何かを感じ取った二人だったが、追いかけるようなことはせず大和に挨拶を向ける。


「あ、大和、おはよう・・・」

「・・・あ、うん、おはよう」


互いに微妙な関係のため、挨拶をするだけでも躊躇ってしまう。 すると貴人が呟いた。


「俺が今から言うことはただの独り言だ」

「え?」

「春休みに律の家へ遊びに行った時、たまたま律と律のお父さんが言い合っているところを聞いちまった。 『エースになれないのなら、テニスを辞めろ』って」

「ッ・・・」


おそらく教室で話していたのが聞こえていたのだろう。 貴人はそのまま続ける。


「その真守っていう奴の話なんて知らなかったから、その時は何のことなのかサッパリだったけどな。 でも今の話を聞いていて理解した。 どうして律が今まで、あんなに思い悩んでいたのか」

「僕も初めて知った。 エースが取られそうで焦っていただけじゃない。 大好きなテニスを辞めることになるかもしれないから、律は悩んでいたんだね」


大和は黙って聞いていた。


「律は元々、俺たちに相談事を持ちかけないタイプなんだ。 いつも一人で苦しんで、そしていつの間にか解決していて普段通りの律に戻っている。 それが俺たちの日常だった。

 だから俺と博人は、無理に首を突っ込まずいつも通りに接してやることこそが、律によって一番心地いいんじゃないかって考えた」

「うん。 だから今、律の事情を聞いたところで僕たちは何も変わらない。 これからもいつも通りに接して、律の居場所を作るだけ」

「そう、それが昔から律と付き合っている俺たちのやり方だ。 ・・・でも大和は違う。 大和には俺たちのように、いつも通りに接することなんてできない。 まだ一緒にいる時間が浅いから」

「だから大和くらいしかいないんだよね。 律の中に、思い切り踏み込めるのは」

「その通り。 ・・・って、博人! これは俺の独り言なんだから、口を挟んでくるな!」

「はは、ごめん」


双子は気を遣って独り言のように話して助言をくれたのだ。


―――僕、だったら・・・。

―――僕だったら、律くんの中に踏み込めるのかな。


二人の期待にも応えるよう大和は気持ちを切り替えた。



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