結んで開いて綻んで⑨




他の友達の輪に入るのも慣れてきたが、やはり簡単には割り切れない。 遊んでいても時折頭を過ぎるのはかつての三人で、それが今の友達たちにも申し訳なく思っていた。 

放課後に友達と遊んでいたため少し遅めの下校。 いつもと少々違う帰り道を歩いていると、すすり泣くような声が聞こえてきた。


―――・・・ん?

―――誰か泣いているのかな?


誰が泣いてようが人の勝手なのだが、何故か今は放っておくこともできず声が聞こえる方へと向かった。 するとそこは大きな体育館で、どうやらその物陰で一人の少年が泣いているのだ。 

一人だからいつもなら踵を返すところだろう。 だが泣いている人物が見知った顔だったため驚いてしまった。


「・・・律くん!?」


大和の声に律はビクリと身体を震わせた。 目を素早く擦り上げると、まるで睨み付けるようこちらを見ている。


「最悪だ・・・」

「律くんだよね!? どうして泣いているの?」

「俺に近付くな。 これ以上寄るな」


相変わらずの態度に大和は足を止めるしかなかった。 律の言葉はいつも自分の心を抉ってくる。 だが彼がこんなに弱っているのは初めてだったため引き返すことはなかった。 

いつもはクールで何でも一人でこなす律がもし困っているのなら、例え拒絶されてでも手を差し伸べたいと思ったのだ。


「律くん、何があったの?」

「俺たちはもう関係がなくなったはずだ」

「僕が輪から抜けただけだよ。 絶交はしていない」


いつも冷たくあしらわれていたが、涙を擦った律はどこか弱々しく見える。 だが断固として律は助けを求めようとはしない。 

黙り込む律を見ることしかできず、しばらくそのまま考えているうちに体育館から声がかかった。


「休憩終わりー! 練習の続きをするぞー」


かけ声に合わせ多くの子供たちが返事をしている。 そして何も言わずに律が体育館へと入っていったことを見るに、律もその中の一員なのだろう。


「あ、律くん・・・!」


思えば律はスポーツができるような恰好をしていた。 体育館の中を覗くと、どうやら小学生くらいの子供用のテニススクールを開いているようだった。


―――律くんが習い事でテニスをしているなんて、知らなかった・・・。


考えてみれば、自分は律のことを何も知らない。 もっとも双子のことも知らないことが多いのだが、律はそれ以上に距離が離れている。 泣いている理由が気になった。 

しかし大和にはどうすることもできず諦めかけていたその時、背後から声がかかる。


「ねぇ君」

「あ、ご、ごめんなさい! 僕は別に怪しいものでは」

「君、見学者かい? いいよ、体育館に入って是非近くで見ていって」


どうやらテニススクールのコーチの一人だったようだ。 大和はこのスクールに入る気はないため気が引けるが、律のこともあり少し見ていくことにした。 中へ入り隅に寄って見学する。 

やはり目で追ってしまうのは知り合いで、かつ気になっている律のこと。


―――わぁ、律くん上手い・・・!

―――流石、何でもできちゃうんだな。

―――・・・ん?


だが視線は自然と隣のコートへ移る。 ひと際目立つ生徒が一人いたのだ。 彼は大和が見ても分かった。 律よりも一段と上手いということが。


「お、あの子が気になるかい?」


そう言って先程のコーチが、見ていた彼を指差した。


「彼は真守(マモル)くんと言ってね。 一応このスクールの、仮のエースなんだよ」

「仮?」

「そう。 真守くんは今五年生で、今年の春に入ってきたばかりなんだ。 だからまだ様子見といったところかな。 でもおそらく、彼がエースになるのは確定だと思うけど」

「そうなんですか・・・。 僕が見ても分かります、上手いですもん」

「だろう? まぁ元エースだった律くんも、負けてはいないけどね」

「・・・え、律くん?」

「おや、知っているのかい?」

「あ、はい。 あのコートにいる、白い服を着た子ですよね? 僕と今同じクラスなんです」

「それは奇遇だね。 真守くんが来る前は、律くんがエースだったんだよ。 だけど強敵が現れちゃったね。 真守くんはテニスを始めたばかりなんだけど、相性がよかったのかメキメキと上達して。 

 律くんは余計に悔しいだろうね」

「・・・」


そこで大和は悟った。


―――さっきの律くんの涙は、もしかして・・・。

―――エースの座を取られたから?


“あの律くんが?”と思わないこともないが、今の大和にはそれしか心当たりが思い浮かばなかった。



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