結んで開いて綻んで⑦




一日跨いだ放課後、大和と律は川のところへと来ていた。 律に提案された作戦は危険極まりないもので、正直な話大和は気が乗らない。 

それでもここまで来たのは、自分より長い時間二人と共に過ごしている律の意見を無視できなかったからだ。


「雨とか降らなくてよかったな。 川の流れがそんなに速くない」


律はそう言うが、大和から見て十分川の流れる速度は早かった。 あくまで“そんなに”ということなのかもしれないが、例え川の流れがなかったとしても危険だと思えるのだ。 

背の高い律なら平気かもしれない。 しかし双子は背が低く、膝下まで水がきて足を持っていかれる可能性がある。


「どちらが先にここへ到着するかな」


律が眺める先を大和も追った。 帰り道は固定で、用事でもなければ必ずここを通る。 更に二人は喧嘩中なためまっすぐ家に帰ると予想していた。 

先に来るのがどちらかは分からないが、どちらでも構わないのだ。 先に一人ここに現れた方が犠牲となる計画だ。


「お前、しっかりしろよ。 全てはお前にかかっているんだから」

「う、うん・・・」

「俺がいるから安心しろ」


その言葉に少しだけ安堵した。 といっても罪悪感が消えることはない。 心臓は大きく跳ねているのを律に悟られないよう必死だし、口の中が乾くのも感じている。 

自分が川に落ちたなら水でも飲めるのに――――そんな呑気なことを考えているうちに、双子の片割れが姿を現した。


「・・・先に来たのは博人か。 まぁ、頼りになる貴人の方が後でよかったかもな。 じゃあちゃんとやれよ」


それを合図に二人は別々の場所へと移動した。 大和は陰に隠れ博人が川の横を通るまで待つ。


―――・・・博人、ごめん!


橋の真ん中まで気付かれないよう走り寄ると、背後から博人の身体を川へと押した。 冗談では済まされないことは分かっている。 だがやるしかなかったのだ。


「え・・・!?」


川に落ちていくのを見ていられず、押した瞬間大和は足を動かした。 律が見張っているとはいえ、のんびりしていると大変なことになる可能性がある。 

おそらくは服を着ているために泳ぐこともできず、もがいているのだろうと思った。 学校へと続く道が、まるで暗い夜道を誰かに追われながら走っているかのように錯覚させる。


―――早く貴人を探さないと!


律に言われていたことを思い出した。


『どちらかを川に落としたら、すぐにもう片方を呼んでこい。 流され続けて俺が助けたら意味ないからな』


だが、もし貴人がいつも通りこの道を帰っていなかったなら? そのようなことが脳裏を過るが、幸いなことに貴人はすぐに見つけることができた。 

不思議そうに自分を見つめる貴人にホッと胸をなでおろしながらも、必死に慌てた様子で言う。


「大和? どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「貴人、大変なんだ! 博人が川に溺れて」

「はぁ!?」


大和の言葉を聞いて顔色を一瞬で悪くした。 僅かに考えた後、走りながら叫ぶ。


「俺は今すぐに博人のもとへ向かう。 大和は誰でもいいから、大人を呼んできてくれ!」

「え? あ、うん」


もう少し迷うのかと思っていた。 だが貴人は一瞬で判断し、双子の片割れを助けることを選択した。 結局こんなことを最初からする必要なかったのではないかと、少し拍子抜けしてしまった。


律には『もし大人を呼ぶよう言われても、本当に呼びに行かないように。 騒ぎになるから』と言われている。 実際突き落としたのは自分であることもあり、少しの間待機し、そして川へと戻ることにした。

貴人の姿が既に全く見えず、もしかしたら自分が行った頃には全て終わっているのではないかと思う程だ。 辿り着くと、丁度貴人が川の中へ入り博人に手を伸ばしている最中だった。 

博人は全身が濡れており、先程いた場所から動いているのは少なからず流されたからだろう。 今は川の中にある大きな岩に必死に掴まって、これ以上流されないようにしている。


「博人・・・! 掴まれ・・・ッ!」


貴人も同様道にある小さな木を掴み手を伸ばしている。 時間をかけようやく二人は手を取り合った。


―――よかった!


だがそう思ったのも束の間、貴人が掴んでいた木が二人分の体重を支えられなかったのか、地面から引っこ抜けてしまう。


「貴人! 博人!」


思わず大和は叫んでいた。 二人が流されてしまえば救出は困難。 大変なことになってしまったと頭がかき乱されていた。 

だがそれすらも想定していたのか、川の先では既に律が待機しており二人は無事救出された。 

しっかりロープで身体を固定しているところを見て“いつから準備していたのだろう”なんて考えてみていることしかできなかった。 律は二人を抱えながら道へ戻ってくる。 大和は彼らに駆け寄った。


「こほッ、けほッ」


二人は水を飲んだのか呼吸が上手くできていないようだ。 律は自分のランドセルから二枚のタオルを取り出し二人の頭の上に乗せる。 どれだけ準備がいいのだろうか。


「本当に二人同時に溺れるなんてな。 仲よしかよ」


律はそう言いながらも無事に救助でき安心した表情をしていた。 律も内心では不安に思っていたのかもしれない。


「律、大和、どうして・・・」

「二人は今の状況になってどう思った?」

「・・・すげぇ焦った。 このまま博人を失ったらどうしよう、って」

「もう死ぬんじゃないかって思った。 死ぬんだったら、貴人に謝っておけばよかったって凄く後悔した」


恐怖は二人に互いの大切さを認識させるのに絶大な効果を示したようだった。


「それがお前たちの、互いを想う本当の気持ちだよ。 これで満足か?」


最後は大和の方を見ながらそう尋ねてきた。 双子はポカンとしている。


「あ、うん・・・。 ごめん。 二人にどうしても仲直りしてほしくて、律くんに協力してもらったんだ。 そして博人を落としたのも僕。 怖い思いをさせてごめんね」


大和は元々二人が仲直りした後は、自分は輪から外れるつもりだった。 嫌われても仕方がないし、殴られる覚悟もしていた。 そのため目を瞑って待ってはいたが、衝撃が襲うようなことはなかった。


「ううん。 寧ろ大和で安心した。 知らない人に落とさせる方が怖いし」

「俺たちのためだったのか。 心配かけて悪かったな、ありがとう」


その言葉を聞くと律は鋭い目で大和を見てきた。 彼の意思を感じ取り姿勢を正す。


「あ、あともう一つ。 僕、もうこの三人の輪から抜けるから」

「はぁ!?」

「今までごめん。 三人の仲を乱すようなことをして。 律くんもごめんね」

「・・・」


律は視線をそらすだけで何も言わない。


「でも、大和は何も悪くない。 僕たちの輪の中にいてもいいんだよ?」

「ううん。 これ以上、僕のせいで三人の関係が悪くなるのは嫌だから」

「でも・・・」

「今までありがとう。 みんなのおかげで、十分新しい学校生活には慣れたと思う。 三人は、これからも仲よしでいてね」


そう言って寂しい気持ちを抑えながらも、自らこの場を去っていった。



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