第17話 行方不明

 トーレスの首筋からイリアの口唇が離れる。


「人間、お前の名は?」

「……トーレスです」

「トーレスか。トーレス、お前の主は?」

「はい、イリア・ヴァンピール様です」

「うむ」


 イリアの口角が上がる。


「トーレス、我の事をどう思うか言ってみよ」

「はい。イリア様は……」


 トーレスはイリアをべた褒めした。イリアの顔がどんどん赤くなっていく。


「も、もう良いっ!」

「はっ……」

「全く……。いかんな、これはいかん。トーレス、我に付いて来い」

「はい、イリア様」


 トーレスはイリアの眷属となり、一切逆らえない状態に陥っていた。目に光はなく、意識も微睡んでいる。


 イリアはそんなトーレスを連れ魔王城へと戻った。


「戻った」

「お帰りなさいませ、イリアさ……! イリア様っ! 後ろのは人間ですかっ!?」


 魔王城の入り口に立つ門番がトーレスを見て武器を構える。


「ああ、心配いらん。こいつは我が眷属にした」

「眷属に? で、では危険は……」

「ない。通せ」

「はっ!」


 門番は構えを解き門を開ける。イリアはトーレスを連れ魔王城の中へと進んだ。


 そしてしばらく進むと一人の魔族がイリア達の前に現れた。


「【ノスフェラトゥ】か」

「おや? イリア……と……。なんですか、その後ろの人間は」


 ノスフェラトゥと呼ばれた魔族はビシッと全身をスーツでキメ、眼鏡を上げてトーレスを見る。


「我の眷属にした。一人で魔王城の近くに迷い込んでいたらしくてな」

「一人でこの近くに? バカな、この近くにはAクラスやSクラスの魔物を配置していたはずですが」

「ああ。こいつはそれらを倒していてな。でだ、殺すより眷属にして使った方が魔族のためになると思って連れてきたのだ」

「なるほど。しかし……見た所その眷属化は一時的なものですね」


 イリアはニヤリと笑みを浮かべ言った。


「今のこいつはただの人形だ。これより我の私室で魔族化の儀式を行う。邪魔をいれるなよ」

「魔族化の儀式……ですか。わかりました。誰も近付けさせないように取り計らっておきましょう」

「うむ。ではな。トーレス、行くぞ」

「はい、イリア様」


 ノスフェラトゥは去る二人の姿を見る。


「イリアは確か初めてでしたね。上手くできるか心配です。まあ、失敗はないでしょうが……。ま、私には関係のない事。しかし……人間一人でこの付近までとは……。これは魔物の配置を見直さなければならないようですね」


 そしてイリア達は……。


「で、では今からお前を魔族化させるぞ、トーレス」

「はい、イリア様」


 ギシッとベッドのバネが音をたてる。


「ちなみにトーレスよ。お前、経験は?」

「ありません、初めてです」

「そ、そうか。我もだ。だが……知識はある。さあ、トーレスよ。今からお前を我のモノにする。良いな?」

「はい、イリア様」


 そうしてトーレスの魔族化の儀式が始まった。儀式は一昼夜続き、イリアの私室からはイリアの歓喜する声が漏れる。そんな私室の前にはノスフェラトゥの用意した人避けの魔族が立っていた。


「凄いな、もう丸一日よね」

「そうね……。ずいぶんタフな人間を連れてきたものだ。イリア様は喜びっぱなしだわ」

「「……うらやましい」」


 そしてトーレスは魔族となった。意識も戻り、隣にはイリアがいた。


「あの……僕どうなったんですかね」

「ふふっ、知りたいか?」


 意識を取り戻したトーレスは明らかに事後だった。肌を合わせもたれ掛かっているイリアに説明を求めた。


「トーレス、お前は我との儀式で魔族となった」

「……え?」

「お前はもう人間ではない。その身体は魔族のものに作り替えられたのだ」

「ぼ、僕……魔族になっちゃったんですか!?」

「そうだ。ようこそ、魔族の世界へ。そしておめでとう。お前は人間の敵の仲間入りだ」


 トーレスは理解が追い付かなかった。


「しかしお前……。可愛い顔してこんな……。まだ足りぬのか?」

「え?」

「足りぬのだな。良いぞ、儀式は終わったが続けたいなら続けてもな?」


 イリアの顔がニヤケていた。トーレスも途中から意識はあった。そして今まで体験した事のない未知の感覚に興味を持ってしまっていた。トーレスはイリアの申し出に首を縦に振る。


 そして扉の前。


「あ……また始まった」

「儀式は終わったはずでは……」


 二人の魔族はうんざり気味でそう呟き、そっと扉の前を離れるのだった。


 それから一週間、リュート達は連日トーレスを探し島中を駆け回っていた。


「いたか?」

「いや、全然。東の漂着ポイントに拠点を作った形跡すらなかった」

「トーレス様ぁぁぁっ! いったいどこに行ってしまわれたのですかぁぁぁっ!」


 トーレスのいない今、リュートが拠点をまとめていた。幸い畑や食料も大量に生産され飢える事はない。ないが、トーレスという支えを失った仲間達はどこか気力を失っていた。


「こんな事になるとは……。一人で行かせるべきではなかった!」

「まさか方向音痴だったとはなぁ……。力はあっても地理には勝てなかったか。今ごろどこさ迷ってんだろうなぁ……」

「西と東、海岸沿いは終わった。残るは中央のみ、明日から少しずつ中央に向かおう」

「トーレス様っ! このセシリア! 絶対にトーレス様をお救いいたしますわっ!」


 こうして、まさかトーレスが魔王城で魔族化し、まったりしているとも思わず、リュート達は中央に向け動き始めるのであった。

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