第8話 リュートの過去

 トーレスが自室で家具を描いていると激しく扉がノックされた。そして豪快に扉を開け放ちアゼリアが入ってくる。


「トーレス! 大変よっ、男連中が畑で!」

「え? あ、失敗した!?」

「そんなの今は良いから早く来てっ!」

「ど、どうしたのさ!?」


 トーレスはアゼリアに手を引かれ畑に連れていかれた。畑では男達がリュートから距離を取り、囲んでいた。そしてそこから離れた場所に女性達が固まっていた。


 シュウがリュートに問い掛ける。


「リュート! お前の父親が教団の上層部にいるってどう言う事だよっ!」

「えっ?」


 するとリュートがトーレスを視界に捉える。リュートはシュウを見て話を始めた。


「トーレスも来たようだ。役者が揃った所で俺の過去を話そう」


 リュートはゆっくりと昔を思い出しながら過去を口にしていく。


「まず、俺が傭兵をしていた事は知ってるな?」

「ああ」

「自分で言うのも何だが、俺は少々有名人でな。戦場では戦場の死神やら青鬼リュートと呼ばれていたんだ」

「「「「あ、青鬼リュートってあの!?」」」」

「????」


 わかっていないのは田舎に住んでいたトーレスくらいだった。男達はその名を知っているようだ。


「青鬼リュートっていやぁ……、戦場でいくつもの敵を斬り殺し……戦が終わる頃には青い髪が返り血で真っ赤に染まり赤鬼になるって言われて……」

「ああ、それが俺だ。俺の家は貴族でな。父親は【ドランク・エッジバード】。伯爵位を賜っていた」

「ドランク伯爵っ!? 教団でも割りと上位の奴じゃねぇか!」

「ああ。だが俺は八男でな。爵位は継げないだろうと考え、小さい頃から習っていた剣で戦場を渡り歩いていたんだ。成人したら家を出なければならないからな」


 そこにシュウが口を出した。


「別に家を出なくても他の貴族令嬢と結婚出来ただろ?」

「……俺はそれが嫌だったんだ。決められた結婚など御免だ。確かに婚約者はいた。オークのように醜く肥えた豚だったがな」

「……そりゃきちぃな」


 リュートは話を続けた。


「俺は敷かれたレールを歩く気などさらさらなかった。だが俺には兄弟の中で誰よりも剣の才能があってな。父は俺を利用しようとし、教団の内部事情を事細かく俺に話したんだ。教団の規模から事業、なにもかも全てな」


 男の一人が叫ぶ。


「そ、そんな事言って! 教団のお偉いさんの子のお前がここに送られるわけねぇっ! スパイなんじゃないのかっ!?」

「スパイか。それはない。教団は使えないギフトを持つ者を決して入団させない。仮に父親が上層部にいてもな」

「な、ならお前のギフトを言ってみろよ! 本当に使えないギフトなのかよ!」


 それにシュウが口を挟む。


「待てよ、ギフトはそう簡単に口にするもんじゃ……」

「良いんだ、シュウ。俺のギフト、それは……」


 リュートは少し間をおき自分のギフトを口にした。


「……俺のギフトは……さ、【裁縫】だ……」

「「「「へ?」」」」


 リュートの顔がどんどん赤くなっていく。


「わ、笑いたければ笑うが良いっ! ああ、そうだ! 俺はっ……俺はこの見た目で裁縫を授かったんだ! おかしいだろっ! 笑えよっ! 戦闘にまるで関係のない裁縫だっ! 雑巾など目を瞑っても縫えるぞっ!」


 その場にいた全員が唖然としていた。そしてリュートを問い質した男が罰の悪そうな顔をしながら謝った。


「わ、悪かったよ。そりゃ言いにくいわな……」

「……ああ。教団で裁縫なんて何の役にも立たないからな。俺は除籍されパンドラ送りにされたんだ。剣の腕だけでやっていけるほど教団は温くない。儀式の日、あれほど熱心に俺を後継者にしようとしていた父親も早々に俺を見限ったんだ。そんな俺が教団のスパイ? 死んでもありえない話だ。俺はリュート・エッジバードではなく、もはやただのリュートだ。それだけは信じて欲しい」


 そうして頭を下げるリュートを皆は優しく迎えた。


「ま、まぁ……、裁縫も役に立つだろ。この島じゃな」

「そ、そうだな。何回もトーレスに服を描かせるのも悪いしな。破れたらリュートに直してもらえるならありがたい話だよ」

「お、お前ら……」


 そこでトーレスがリュートの横に並び出る。


「皆さ、もしリュートがスパイだったら僕たちなんて海外に着いた時点で普通に殺されてるでしょ?」

「「「「……あ」」」」

「リュートがいなかったらここに拠点なんて出来てないし、黒犬の奴らに殺されてたかもしれないんだよ。父親が教団の上層部にいるからってリュートまで悪く思ったり疑うのは違うと思う。例え父親がなんであれリュートはリュートだよ。そこを忘れちゃダメだよ。僕達は皆仲間なんだからね」

「「「「トーレス……」」」」


 するとリュートはトーレスの前で片膝を地につけ頭を下げた。


「ど、どうしたの?」

「トーレス、いや……トーレス様」

「え!?」

「今の言葉は何より嬉しかった……! これよりこのリュート、トーレス様を主とあおぎ身を挺していかなる敵からも守ってみせましょう! どうかこのリュートをトーレス様の剣に!」

「ち、ちょっと? ああ、もうっ! リュート、ちゃんと話聞いてた?」

「え?」


 リュートは顔を上げトーレスを見る。


「僕達は皆仲間で、そこに上下なんてないの。もしそれでも納得出来ないならさ、リュートは今までのように皆を守る剣になって欲しい。僕達は弱いしギフトも戦闘向きじゃないからさ。お願いできるかな?」

「……皆を守る剣……。戦場で命を刈る事しか出来なかった俺が守る……。わかった。俺はこの剣に誓い皆を守り抜く。それで良いか?」

「うん。これからもよろしくね、リュート」

「あぁっ!」


 こうしてリュートと皆の間にあったわだかまりは消え、リュートは一回り大きく成長するのだった。



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