第76話 世界最高峰の魔術師たちの実験場へようこそ!

「あなたよ、 黒髪の!」


 急な声かけに驚いた花はきょろきょろとあたりを見渡し、短い黒髪の下級神官と視線が合った。すかさず「私じゃないです」と言わんばかりに首を振る下級神官。声の方を改めて確認する花。


 まっすぐ向かってくる凜とした美少女。もうさりげなく行く手から外れるには遅すぎた。


「具現化魔方陣に興味は?」


 彼女はいかにも貴族の淑女らしい身なりとは裏腹に力強く花の両肩を掴んだ。


「私には分かるわ。あなた、魔法生物を気配で威圧するほど魔力を垂れ流しているわね。お行儀は悪いけどこの運命の出会いに免じてよしとしましょう」

「え、すみません…?」


 花はぎょっとして、「お行儀が悪い」ことを謝った。そして、数ヶ月前の伯爵家での出来事を反芻する。たしかに似たようなことを言われた。魔力を垂れ流しているとか、なんとか。

 お行儀が悪いことだったのだろうか、と少し不安にもなった。同時に、魔力の押さえ方なんてさっぱり分からないよ、という諦めの気持ちもあった。


 わらにもすがる気持ちで小型通信機マイクロカムをとんとん、と叩いてみる。


〈魔力の制御は感覚的なものです。データがありません〉


 にべもない。※


「私はヘルミーナ、具現科の3年次筆頭院生よ。ねえあなた、もう専攻はきめてあるの?」


 ヘルミーナはさりげなく、しかしがっちりと花の腕を捕まえた。花はその勢いにおののく。

 考える余裕もなく「決めてないです」とヘルミーナの出方をうかがいつつ答えた。


「そうね、まだ決めるまで一学期間あるものね。具現化魔方陣についてはご存じかしら?」


 花は首を振った。二人はヘルミーナのさりげない誘導で校門へ向かって歩みを進めている。同じ馬車から降りた下級神官たちも遠巻きに二人を見ながら同じように校門へ向かっていた。


「あまり詳しくないです。授業を受けてみて決めようと思ってて」


 花は遠回しに勧誘から逃れようとした。


「そうなのね、あなたの能力なら、間違いなく具現科をおすすめするわ。分からないことはなんでも聞いてちょうだいね」


 押しが強い。


「ありがとうございます。まだ分からないことが多いので、助かります。専攻はゆっくり考えようと思います」


 二人は校門をくぐった。その瞬間、小型通信機マイクロカムが「ブチッ」と嫌な音を立てた。すぐに確認したいが、さすがに至近距離で観察されているうちははばかられる。


 ヘルミーナも無理はしなかった。ただ、花の魔力を高く買ったのか、切実さは伝わってきた。


 入学式に出席することを考えたら、もう一度校門まで戻ってみるのは難しそうだ。小型通信機マイクロカムはあきらかに校門を境におかしくなった。

 花は講堂内の指定された座席に向かいながら、耳から外した小型通信機マイクロカムを手の上でいじった。案の定というべきか、うんともすんとも言わなくなってしまっている。


 講堂の内部は世界遺産もかくやというような重厚さと繊細さを兼ね備えた作りになっていた。天井には精緻な絵画が施されており、それを支える太い柱が、とびきり広い行動の座席を見下ろしている。


 花が小型通信機マイクロカムをくるくる掌のなかで転がしている間。歩いている花のことを追うように幾人かがじっと視線を投げかけている。

 花はなんとなくみられていることに気が付いてはいたが、理由までは推察できなかった。


 初めは見た目かと思った。

 アジア人的な見た目の生徒はほとんどいなかったからだ。しかし、今の花はアジア人というよりハーフ然とした容姿で溶け込んでいる。


 服装もそれほど浮いているとは思えない。ただ、振り返ってまで確認する者がいるところを見ると、どうも容姿が原因とは思えなかった。


 入学式には全校生徒が集まるらしい。100人に満たないほどの人々が中央の指定座席に座っている。前方にも年若い人々が数列座っていたが、胸元には一様に見慣れないバッジをつけていた。外部の関係者か、教授だろうか。


 入学式の会場で興味深かったのが、まるでプロジェクションマッピングをしているかのようなきらびやかな壁の光である。電気のたぐいを見ないこの世界での不思議な現象はきまって魔法だ。


「新入生のみなさん、ここはこの世界最先端の魔法陣の研究所です。あらゆる魔術の発祥の地でもあります。」


 白い口髭をたくわえた老爺ろうや公演台へすすんで発言した。マイクはおいていないのに、講堂全体に声が響き渡った。

 老爺は学長だった。花にはいまいちわからないリューデストルフ帝国の魔法の歴史にからめて魔術学院の沿革を語っている。幾人かの在校生がうとうとと船をこぎ始めたころ、新入生の一人が答辞のために壇上へ向かった。どういう基準で決まっていたのかは花にはわからなかった。しかし、そのきらびやかな衣装からきっと貴族かその後援を受けているのだろうと思われた。


 答辞はごく簡潔なものだったが、花にはわからない帝国の作法がちりばめられているようだった。


「ありがとうございます」


 学長は人のよさそうな笑顔でふたたび講演台に戻った。


「このあと新入生のみなさまには、大教室で各学科の説明を聞いていただきます。入学式、お疲れ様でした」


 会場の出席者は全員すこし気の緩んだ空気になった。重厚な講堂の建物の雰囲気のおかげか、その様子ですら歴史の1ページのようだった。

 学長はぐるりと全体を見渡して入学式を締めくくる。


「皆さん、世界最高峰の魔術師たちの実験場へようこそ! 歓迎いたします」



 学長がぱちん、と指を鳴らした。すると軽快な音楽が講堂中に鳴り響き、かわいらしいおもちゃの祝砲が次々放たれた。

 きらきらと頭上から舞い降りる紙吹雪に新入生たちと花は感嘆のため息をついている。


 在校生たちは紙吹雪の下を歓談しながら帰っていった。

 このあと大講義室で初めてクラスメイト達と顔を合わせることになるだろう。


 ―――

 にべもない:お世辞も愛想もなく、あっけらかんとしていること

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