第74話 取るに足らぬ貴重な品

 バルバラをしのんで行われた昼食会は、昼下がりに始まった。


 集まったのは、コリンナ、ジョアンヌ、ヘルガ、アデルモ、花、そしてクラインとザシャである。


 店はハウプトバーンホフ通りの中程にある大きな料理店だった。大通りに面して建っているが、道路から建物の入り口まで距離がある、贅沢にセットバック※した建物である。

 迎賓館げいひんかんのようなたたずまいで、品格を感じさせる場所だ。ここが一般市民も足を伸ばすことのあるハウプトバーンホフ通りでなければ、貴族御用達なのだと言われても納得できるくらいである。


 花が案内されたのは大きな円卓のある個室だった。中央に、中華料理店のような開店テーブルが備え付けられている。ひとつ違ったのは、そのテーブルの使い方である。中華料理店では大皿から各自取り分けることになるが、この店では小皿に盛られたたくさんの料理が盛り付けられていた。


 ザシャとクラインは一番乗りで、入り口近くの末席に座っていた。しかし、花とほぼ同じ時刻にアデルモが到着した後、クラインは上席にうつることになった。アデルモとジョアンヌが半ば強引に引きずっていったのだ。


 全員が集合してから、花は充電が96パーセントのスマートフォンを取り出した。縮めていた自撮り棒を伸ばしながらクラインのそばに行く。


「こないだのみんなの絵、また作りたいので、魔方陣を使ってもいいですか?」


 もちろん、スマホは魔方陣なんかではない。科学技術テクノロジーの産物、現代人の手放せない必須アイテムである。

 クラインはそんなことはつゆ知らず、二つ返事で承諾して、店のスタッフにも許可を取った。。


 花が「今からちょっとした魔方陣を使いますね~」と言うと、興味があるのか見えない場所からこっそり様子をうかがう者もいた。

 特にザシャは花と初対面だったので、自撮り棒をものすごくヘンな目で見ている。花はそれに気がつきながらも、撮影を優先した。


「はあ~い、笑って!」



〈パシャ〉



 小型通信機マイクロカムから全員が”目を閉じていない”瞬間を狙ってシラーが写真を撮った。


「OK、おわり!」


 花のかけ声と共に、緊張が解けたように全員が肩の力を抜いて自席に戻る。

 葬儀後の昼食会は、アルコールを飲まないことが通例である。クラインが一言二言感謝を述べて、全員が食事を始めた。


 食事中、ザシャが興味深そうに花の魔方陣についてあれこれと聞いてきた。しかし、花はテクノロジーを魔方陣だといってゴリ押している手前、のらりくらりと交わすしかない。

 こいつ、やり手だな、とでも言いたげなザシャの視線。しかし、花にとってはその勘違いが気まずく、無理矢理話をそらすしかなかった。



 食事会は滞りなく進み、最後に店のスタッフが小さな巾着袋を全員に配った。

 花が中を開けてみると、フタの閉まった懐中時計のような形の金属製の携行品が入っている。底面にはすり減った文様のあとが見られた。花が周りをみてみたところ、全員違う品をもらったようだ。


 クラインが説明を始めた。


「本来なら、特にジョアンヌには、バルバラの形見分けに来てもらうべきなんだが、事情があって難しい。

 そこで、最後にバルバラがみんなに渡してほしいと言付けたものを今日配らせてもらった。これから、バルバラの言葉を代理で伝えよう」


 咳払いをしたクラインがポケットから細長いメモを取り出した。


「『残された時間が短いと分かってから、いろんなやり方で、私なりに素晴らしいと思うものに時間をかけてきました。

 今思えば形として遺せるものは、取るに足りないものばかりです。それさえも、遠縁の家族にとっては処分を免れないものかもしれません。

 私がいなくなったあとも、託したいと思った品をみなさんにお渡しします。


 取るに足りないながら、私にとってはどれも貴重な一品です。

 受け取ったみなさんが、私のいない明日も幸せに生きていけますように』」


 読み終わったクラインの目は、涙をこらえて潤んでいた。彼はへたくそな作り笑いをして、メモをポケットにしまい直した。


「アデルモは武闘大会があるし、花も学院に入学。俺とザシャはその大会の手伝い。コリンナはお嬢様について外国に行くんだったよな。

 時間がたてばみんなの周りの環境ももっと変わるだろう。だけどそんなときも、どうか今日のことや、バルバラのことを忘れないでいてほしい。

 遺品をみんなに渡せてよかったよ。きてくれてありがとう」


 真っ先にザシャが立ち上がり、クラインを乱暴に抱擁した。ザシャは近くに座っていたアデルモを引っ張り上げ、アデルモは訳がわからぬまま抱擁に巻き込まれた。

 ジョアンヌはおかしそうに笑いながら立ち上がると慰めるようにクラインの肩を優しくたたく。花たちも思い思いに立ち上がって、クラインのそばへ行った。


 しばらくそうしてから、昼食会はお開きとなった。




 後日、分厚い紙に印刷された加工済みの写真が全員に届けられた。


 リューバッハ市郊外にある花の自室には、額縁に入れられた2枚のポストカードと、くまのぬいぐるみが飾られることとなった。



[リューバッハ市郊外編 完]



 ―――――

 ※セットバック:土地と前面道路の境界を後退させること



 ――――

 あとがき


 ここまで読んでくださり、また、いつも応援/コメント等ありがとうございます。とても励みになっております。

 次編「魔術学院アカヴィディア編」は、4月の下旬から投稿を開始する予定です。


※暫く誤字脱字等の修正で、過去エピソードを修正/更新します

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