第73話 明日、みんなで食事でも

 三人の中で神殿や魔術師について詳しい者はひとりもいなかった。特にアデルモとジョアンヌは花以外の魔術師と特に交流はない。


 魔術学院には神殿の人もたくさんいるだろう。学院に行って同級生と仲良くなってからそれとなく聞けば十分分かるに違いない。

 妙にケンプフェルが必死だったのがきになるところだが、花はそれについては後で考えることにした。


 花の説明を聞いて、ジョアンヌは「魔術師ってすご~い」と言いたげな顔でその話題を終わらせた。

 正直、花自身も自分の魔力についてよくわかっていなかったので助かった。


 花がケンプフェルに引き留められていたせいか、ロビーの人影はまばらになっている。アデルモが手書きのメモを花に差し出した。


「これ、クライン卿から」

「なに?」


 四つ折りにされた小さなメモ用紙だが、紙の端がけばだっている以外は、質のいいものだった。葬儀場の者と似ているから、あわてて用意したのだろうと分かる。


 そこには、[今日は家族のおもりをするから、明日、みんなで食事でも]と書かれていた。


「送別会の日にいたみんなと、あとクライン卿の友人もくるらしい。ハンナ、最近こもりっきりだっただろ?」

「あ~、まあね」


 こもっている間はスクロール制作三昧だった。おかげでお金はかなり貯まった。学院入学には十分すぎるくらいだが、確かに不健康だったかもしれない。

 ジョアンヌが苦笑いする花の肩にぽん、と慰めるように手を置いた。


「クライン卿も、魔術師様も、私たちも入れるような、ちょっといい感じのお店。心当たりがあるからあたしに任せてよね」

「助かる。俺はいまだにクライン卿が何者なのかよく分からないんだが、やっぱり貴族だよな?」

「そうねえ、でも議会に出てるようには見えないし、護衛もみたことないから、いいところの次男か三男坊かしら? それか土地のない男爵様とか?」


 花はさりげなく耳元の小型通信機マイクロカムをいじった。


[はい、クライン卿がいわゆる貴族である確率は99.8%で、バルバラが貴族である確率は限りなく100%に近いです。]



「え?」


 花は思わず声を出した。

 アデルモとジョアンヌが花を見る。なにかあったのかと言いたげな顔だ。


[葬儀には侯爵家の徽章きしょう※をつけた使用人の出迎えが確認されました。馬車は確認できず、遠くに駐車したものと考えられます。

 クライン卿は使用人と知己ちきのようでした。]


 花は二人に悟られないように笑った。

「ああいや、意外、でもないけどあらためて聞くと驚いて。クライン”卿”って言われるくらいだもんね」


 アデルモとジョアンヌはまたクラインについての噂話の続きをしはじめた。しかし、花はもうシラーの声に集中していた。


[また、バルバラの棺には最初に置かれていた花に隠すようにして刺繍された印章が納められていました。マイクロカムからの映像では、印章の種別までは確認できません。

 ただ、印章の外縁に3つの輪をくぐるツタの文様が確認されました。これは、リューデストルフ帝国において領地を治める貴族とその家族のみ使用が許されるものです。

 したがって、バルバラは叙爵された者の家族です。その喪主であるクライン卿も、血縁者と推測するのが妥当です]


 花はおそらく確実に正しい、はずの事実を2人に伝えることができなかった。きっと話すならクライン卿からするべきだと思ったからだ。

 それに、クライン卿はこれまで何も花たちに言っていないのである。自分のことはおろか、バルバラのことも、その死の間際まで。


 きっとバルバラが望まなかったに違いない、と花は思った。いろんな人や動物を拾って回っていたけれど、どんな人にもえらぶる様子がなかった。

 葬儀場には老若男女が訪れていた。けれど、おそらくその半分も、バルバラの身分については知らなかったのではないか。


「ねえ、二人とも」


 花は気を取り直して二人の友人の背を押して、すこし玄関の方へやった。


「なあに?」「どうした?」


 息ぴったりだ。


「クライン卿がなんでもさ、友達にはかわりないでしょ。

 それに、ご飯行くのたのしみだからさ、明日の準備しに帰ろうよ。またちゃんと写真――じゃなくて、絵が作れるように用意したいんだよね」


 二人が断る訳はなかった。

 三人は昼下がりの陽気に包まれながら、乗合馬車の駅へ向かう。


 明日はきっといいことがあるだろう。



 ―――――

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