第70話 共にお見送りください

 葬儀は粛々と行われ、花の出番になるまであっという間だった。葬儀場には老若男女が30人ほど集まって、弔辞を静かに聞き、祈りに手を合わせた。


 クラインの弔辞は思い出を語るものだったが、具体的なエピソードはごく最近の出来事に限られていた。クラインは幼少期のできごとから順を追って話した。弔辞のおわり頃になると会場からは言葉にできないため息や、低く抑えた悲嘆の声が上がった。


 クラインは弔辞を終え、神殿から派遣された聖職者と場を変わった。


 白い貫頭衣≪かんとうい≫に薄灰色のローブを羽織った男が静かな声で祈っている。祈りの決まり文句にバルバラの名や最期を過ごした場所を交えて、手元の小さな聖典を捲っている。

 この祈りが終われば、花は棺の方へ行く。


 聖職者は全体的に質素で落ち着いた格好だったが、腰のベルトにはきらきらと光る金銀の糸が使われていた。光を受けてきらきら輝くベルトが薄灰色のローブには似合わない。花は祈りが終わるまでぼんやりとそのベルトを眺めていた。


 やがて聖職者が聖典を閉じて来場者の方を向いた。


「故人は安らかに眠っておられます。魂は霊峰を超えた地の果てにある楽園、天子様のおわします※ところへ迎えられます。

 これから、介添人の魔術師様ににその道行きを助けていただきましょう。皆様、ご起立いただいて、故人の魂を共にお見送りください」


 祈りを聞いていたクラインが頬をつたった涙を拭った。ところどころで参列者が鼻をすすっている音も聞こえる。


 祈りを捧げ終わった聖職者の男が、花と目を合わせて頷いた。花が立ち上がると、受付をしていた女性がさりげなく先導する。

 棺の横には立ち位置を示す杭と、魔力を伝えるための棒のような祭具が刺さっていた。


「こちらに手を。準備ができましたら、この文章を読んでください。読み終わったら魔力の注入をお願いいたします」


 彼女は小さな紙片を花に手渡した。


 このような中規模の葬儀場には、葬儀を行う会場全体と、棺を安置する台に魔方陣が刻まれている。棺の魔方陣は台から魔力を伝えられ、遺体は棺の中で「浄化」されるという。


 葬儀場の魔方陣は必ずしも毎回同じように発動するわけではない。昔から神殿に代々受け継がれてきた複雑で大きな魔方陣なので、現代の人がそれを理解しきるのは難しいのだ。だから、この魔方陣の全容を知っている人は一人もいない。


 葬儀の魔方陣は長い年月で魔力が残っていないことがほとんどだ。しかし、冠婚葬祭に用いられるだけあって頑丈に、そして再使用を前提として作られている。


 葬儀に出席する魔術師と、魔術師の故人への気持ち次第で、その効果は変わるとされている。だから、著名な魔術師の近しい人の葬儀の話はしばらく葬儀の様子が話題になるという。一面青い花畑になったとか、遺影が三日三晩きらきらしていたとか。


 一番よくあるのは、葬儀場全体がほのかにきらめいて、芝生や花々がみずみずしさを取り戻すものだ。10秒ほどの効果が終わると光り輝く棺がおとなしくなり、それを合図に葬儀は終了となる。


 花は緊張した面持ちで固定された杖≪ステッキ≫に手を伸ばした。

 それを合図に、会場にいた全員が起立した。


 花は杖≪ステッキ≫に触れていない方の手でカンニングペーパーを持って、場の雰囲気を壊さないよう慎重に読み上げた。


「故人の軌跡が我々と交わる、一瞬の積み重ねを感謝して見送ります。喪う哀しみはみな平等にあれど……」


 花は紙片の文言を読み上げる途中で一瞬言葉に詰まった。感情が声を彩らないよう、押し殺して続ける。


「今はただ天への道行きの幸多からんことを祈ります。この魂をお迎えください」


 会場のあちこちから静かに「お迎えください」と復唱する声が響いた。花はさりげなく会場の参列者たちを視界におさめた。見知った顔もある。

 一人一人がどれほど悲しんでいるのか、その表情からはわからなかった。花はつい先ほど自分が読み上げた見送りの言葉を思い出した。そして、無意識のうちに他人の哀しみの深さを測ろうとしていた自分を恥じた。


 もとより、哀しみは比べるものではない。

 花が、誰かに「哀しむ資格がない気がする」と言われたら、「誰だって哀しんでいいと思う」と伝えていただろう。ここにきてようやく、花はほかの参列者のことばかり気にしていたことに気がついた。


 会場にちらちらと視線を向けるのをやめ、棺に集中した。バルバラは、この世界に来て初めて花に親しくしてくれた人だ。日本と異世界の文化の違いに戸惑って、浮かれたり戸惑ったりしているときも、ただ、一人の隣人としてそこにいた。


 花は、天への介添人だ。これから行うことは、たくさんの人を愛し、愛された一人の女性の最期の旅路を祝福することだ。


 そうして、花は魔力の注入を始めた。不安がないわけではなかった。まだ自分で魔方陣を描くときにしか魔力を入れたことがない。それも基礎魔方陣という比較的つかいやすく簡単なものだ。


 花は普段と違って体から生気のような何かが抜けていくのを感じた。それは軽やかで一瞬で、基礎魔方陣を描く時には感じたことのないものだった。しかし、確実に成功したのだという実感があった。


 そして、花のもたらした魔術の奇跡に、会場にいた全員が息を吞んだ。


――――

おわします:いらっしゃる。いるの尊敬語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る