第69話 介添人の魔術師様ですね
バルバラの葬儀で、花にはクラインに依頼された特別な役割があった。
その役割について詳しく教えてくれたのはシラーだ。
花はリューデストルフ帝国の
〈リューデストルフでは魔力が強ければ強いほど、天子に近づいていると言われます。葬儀でも魔術師は特別な役割を担うことがあります。これは、天への
「お祈りしたりするの?」
〈魔術師が聖職者の場合は祈りもします。そうでない場合は教会から聖職者が派遣されて祈ります。魔術師は棺と葬儀場の魔法陣に魔力を供給するのが仕事です〉
話を聞く限り、それほど難しそうではなかった。魔力を込めてどんな効果があるかはわからないが、魔力を込めすぎないように気をつけさえすればなんとかなりそうだ。魔法陣には故人を天に送るための図が刻まれているらしい。本当にスピリチュアルな意味で刻まれているのか、魔法陣にある普通の効果をあえてそう呼んでいるのか。
〈葬儀ではまず、来場者が生花を一輪ずつ棺に
シラーはテレビ画面にイメージ映像を表示した。いかにもな草花の動画素材で、きれいな花畑が風にゆられている。
〈喪主が手紙で届けられた弔辞と、別れと感謝の祈祷文を読み上げます。そして聖職者が天子へ、祈りをささげます。そのあと魔術師がいる場合は魔法陣を使用し、棺を墓地へおさめて葬儀は終わりです〉
「葬儀の後になんかあったりはしないの? 日本だとさ、おっきいお弁当たべたりするじゃん」
〈喪主が個人的に声をかけて会食をすることはあるでしょう。現代日本のようにほとんどの人が出席するような食事会はありません〉
「じゃあ葬儀が終わったらとりあえずそれでおしまいか。何かやっちゃだめなことってあるのかな。お作法として覚えておいた方が良いこととか」
テレビ画面の動画が消えた。代わりに日本語のリストが表示されている。花はソファの上に広げていた喪服を横に避けて画面に見入った。
〈
とにかく、花は席の場所を覚えておけばよさそうだと思って安心した。生花は会場でも用意されると聞いたから、受付で受け取って供えることにしよう。
シラーのアドバイスを聞きながら喪服と鞄を用意して、花は翌日に備え早めに休むことにした。明日は葬儀なのに、湯舟は温かくいつもと変わらず心身を癒してくれる。
バルバラの葬儀の会場は芝が管理されきれいに切りそろえられた広場のような場所だった。朝早いにも関わらず、花の知らない人まで沢山集まっていた。中にはちらほらとお忍びの貴族のような身なりの者もいる。
喪主はクラインで、会場は金持ちの市民が使う屋外葬儀場だった。
この国の葬儀は外で行う。雨が降っていても、晴れていてもだ。天に死後の世界や楽園があるとする考えは地球でも広くみられる。ここ、リューデストルフ帝国においては、死者は天にのぼって天子様に迎えられるとされている。
その天からの迎えを受け入れるために、葬儀場は屋外であることが多いのだ。
受付の女性は黒い制服を着用して、薄い帳面を手に持っている。
「おはようございます。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ハンナ・コーエンです」
花は外国語風に自分の名前を言うのに慣れてきていた。受付の女性はページをめくってしばらく沈黙したあと、最初のページに戻って驚いた顔をした。
「失礼しました、介添人の魔術師様ですね。花束とお席を用意しています。こちらを」
受付の女性は花に細身の花束を手渡した。白くて小さな花が八重咲の薄いレモン色の花弁の周りに浮かんでいる。
(もうこのまま会場に行っていいのかな?)
花が視線を受付の女性に戻すと、彼女は片手を椅子が並ぶ会場の方へ向けていた。花の後ろには何人かが同じように花を受け取ろうと並んでいる。
初めてのリューデストルフ帝国の葬儀で勝手が分からないものの、どうやらもう行っていいようだ。花は受付の女性に会釈した。
「ありがとうございます」
葬儀の会場は受付のある空間とは柵で隔たれていた。白く塗装された金属製の上品な柵だ。すでに20人ほどの人が会場に集まっていた。順番に花を手向け、なにごとか語り掛けて席へ向かっていく。
中には涙が止まらず言葉が上手く紡げない人もいた。
花もまた、棺へ向かった。
バルバラの青白い顔は微笑んでいた。
腰のあたりに細い花束を添え、あらためてバルバラの顔を見た。もう、この人は話すことはできないのだと分かった。そうすると、バルバラとの「ありえたかもしれない未来」が走馬燈のように花の脳裏を駆け巡った。
花は、バルバラがこの世を去ったのだと分かった。
泣きじゃくる女性や、バルバラとの長い関係を語り掛ける老人、座席の前の方に座っていかに彼女に助けられたかを語る男。
花は泣くわけにはいかなかった。彼らに比べたらずっと短く、少しの関係だったから、自分には泣く資格がないと思った。だからこみ上げそうになる気持ちを抑えるため、できるだけ静かに、一度だけ、深呼吸をした。
バルバラの死が悲しかったのだ。意図的に抑えなければいけないほどに。
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