第65話 俺は兄貴が羨ましいや

 出入りの使用人を通じて、バルバラと面会できることが知らされた。かなり久しぶりのことだ。

 食事は管理されているので飲食物は見舞いに持ってこないようにと釘を刺されている。ただ、手ぶらで行くというのも気が引けた。


「お花でも買っていこうかな、花粉症で困るとかあるかな」


 花はシラーに話しかけた。見舞いには明日行くことになっている。


〈一般的に病棟では生花を見舞いに持っていくことは禁じられていますが、バルバラの家は病棟ではありません。疾病に影響しないのであれば差し支えないでしょう〉

「じゃあ買いに行こうかなあ」

〈あの〉


 シラーが珍しく言いよどんだ。最近、とみに人間らしい話し方をすることがある。いつもではないが、時折。


監視サーベイランス機能により録画された映像が、一時的テンポラリー記憶領域ストレージに保管されています。バルバラと皆様の元気な様子を印刷プリントすることができます〉

「印刷か……」


 この世界に写真はあるのだろうか。ないなら、どう説明すれば受け入れられるか。花は悩んだ。

 きっとバルバラが見たら喜ぶだろう。ああやってみんなで集まるようなことは近頃やっていなかったようだから。だからこそ、変に気になりそうな要素は排除したい。


「絵みたいにみえる加工をしてポストカードとかに印刷できるかな。ポストカードなら、100均で買ったやつが残ってた気がする」

〈フィルターですね。プレビューを画面に表示します〉


 シラーがテレビ画面を点けた。使い勝手を重視して1階に下ろされたそこそこのサイズの画面に同じ写真が並ぶ。

 パステル、クレヨン、水彩――写真アプリのフィルター機能のように加工された画像の一覧だ。花は画商気取りで腕組みをした。


「うーん、この絵を(印刷して)もらおうか」


 油彩の加工だった。人の手によるものとは違って、ランダムに見せかけて画一的な加工が施されている。花は家庭用のプリンターにポストカード用の厚紙をセットした。


〈印刷完了しました〉


 花は、その日いた全員の分を印刷してもらった。ポストカードはあと2枚になった。

 残念ながら、枚数分のポストカードスタンドはない。花は仕方なく家に余らせていたOPP袋オーピーピーふくろ※に一枚ずつ入れた。


 明日の面会はまとめてするそうだから、バルバラ以外の皆にも渡すことができるだろう。花はジョアンヌやアデルモと会うことも楽しみに、外出用の鞄にポストカードを入れた。



 ***



 クライン・アシャール・ケッシンガー。


 前ケッシンガー侯爵の婚外子の名である。また、白塔騎士団に所属する騎士でもあった。

 前ケッシンガー侯爵の息子の中では最年長でありながら、公然と土地の相続については部外者とされてきた。クライン自身、その扱いに不満を持ってはいなかった。


 たとえ貴族の家に生まれたとて、爵位と土地を継ぐとは限らない。むしろ、それに伴う煩わしい人間関係が嫌だった。

 確かに、侯爵家では腫れ物に触るような扱いを受けた。しかし白塔騎士団に入って身を立ててからは、実家に寄るとき以外そんなことも忘れるほどであった。


 白塔騎士団には、貴族の子息が多い。それも、伯爵家以上の家門に限っては、次男や三男ばかりだ。

 土地を持つ貴族家の長子の多くは実家を継ぐことになるのだから、長子でなければコネをつかったり、試験を受けたりしてこういうところで食っていくことになる。

 クラインのように大きな土地を持つ貴族家の長子は他にはいなかった。だから、騎士団ではクラインのことを扱いずらそうにする者も多かった。


 そんな中でもクラインの立場を忘れさせる、人懐っこい男がいた。名をザシャという。

 クラインもどちらかというと社交的な方だ。これまでずっと一人だったわけではない。今までもある程度の集団であれば一人か二人はいる、人懐っこくて気のいい奴と酒を酌み交わしたりした。ザシャは白塔騎士団において、まさにそういう男だった。


 二人で部屋で酒を飲んでいたある日、ザシャがクラインにこう問いかけたことがある。


「なあ、悔しいと思ったことはないのか」


 何を指して言っているかは明白だった。長子なのに家を継ぐことがない。土地の管理をして過ごし、就職の心配をすることなく過ごす権利は当然のように与えられない人生。いままでこういうことをクラインに直接問いかけた者はいなかったが、きっと皆内心では知りたがっているだろう。

 クラインはにやりと笑って用意していた答えを言った。


「まさか、幸い体格に恵まれたから、天職を全うできてむしろラッキーだよ」

「すげーな、俺は兄貴が羨ましいや」

「伯爵様になるからか?」

「まあな、やっぱり土地をもらえるのとそうじゃないんじゃ、女の反応も違うだろ」


 そのとおりだった。爵位を継げば贅沢が約束されている。それは爵位を継ぐということが土地を継ぐということだからだ。


「どうかな」


 クラインの声は沈んでいた。


「土地がある家に嫁いでも女も幸せになれるかなんてわからないだろ。だから土地をもらっても俺たちが幸せになれるとは限らない」

「わかってるってもう、お前は頭が固いんだから」


 クラインは憮然とした表情だ。ザシャは珍しい友の無愛想な顔をじっと見つめた。


「なんか思い当たることでもあんのか? おにーさんが話をきいてやろうか?」


 ザシャはクラインより4歳年下だった。クラインは彼の冗談に少しだけ気分が軽くなった。

 ザシャも自分も、この白塔騎士団に生涯勤めるつもりだ。彼になら話してもいいかもしれない。


 クラインは自分の不遇の大伯母、バルバラのことを語り始めた。



 ――――


 ※OPP袋:Oriented Polypropylene(オリエンテッド ポリプロピレン)袋。ポリプロピレン製の透明なフィルムでできた包装用の袋。

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