第61話 偉い人が買うかも

 ハウプト・スクロールで花は意外な人物と出会った。


 見た目よりも機能性を重視して結われたポニーテール。上品なドレス。飾り気がないながら洗練された所作。


「カタリーナ?」


 声掛けにこたえるように、長い黒髪を揺らしてカタリーナが振り返った。カタリーナはきらきらと目を輝かせて早足で花のところへやってくる。

 そして、花が返事をするのが追い付かないほどの沢山の言葉が次から次へと飛び出した。


「あ、ハンナ。こんなところで会うとは思ってなかった。うれしい。留学発表パーティはまだ連絡できる段階じゃないんだ、ごめん。それにしてもハンナも買い物に来た? いや、スクロールを持ってるから売りに来た? せっかくならハンナのスクロールが欲しいな」


「カタリーナ」


「うん、私はドーレスたちじゃ足りなさそうなスクロールを買いに来たよ」


 まだ聞いていない質問に答えて、カタリーナは上機嫌に花の手と握手した。

 花は半ば呆然としながらカウンターの方に目をやる。ローラント店主と目が合った。


「……いらっしゃいませ」


 ローラントは、花が入店したときに言い損ねたセリフを、すこし気まずそうに発した。


「今日は、水のスクロールを売りに来たんだよね。カタリーナはどのスクロールを買いに来たの?」


「冷却と発火のスクロール。半分くらいはドーレスとうちのお抱えの魔術師に作ってもらうけど、ながい旅程になるから足りない分を買いに来た」


「そっかあ、わたしはその魔法陣はまだ描いたことないからお手伝いできないかも。残念だけど」


 カタリーナは本当に残念そうな顔をして、するりと自然に花と腕を組んだ。不思議と嫌な感じはしなかった。

 花はカタリーナと連れ立ってそのままカウンターのほうへ向かった。花がローラントに会うのは浮遊のスクロールを売りに来て以来のことだ。

 カウンターには、雑貨店のチラシが置かれている。


「ローラントさん、お久しぶり」

「お久しぶりです、規格外のお客様」


 ローラントが変な挨拶をするのでカタリーナが首をかしげている。花がちょっと、ととがめるような視線でローラントを見た。ローラントはいたずらに成功したようなあくどい笑みを浮かべた。


 不思議そうにローラントと花を交互に見るカタリーナのため、花は前回のスクロールの話をした。ローラントはやれやれ、とでもいいたげなジェスチャーを交えて花のスクロールを揶揄う。


「32mの浮遊ですよ、誰が使うんですか?」

 と、ローラント。

「いや、すごく高い場所から街を眺められるじゃない」

「ヘタなところでやったら役人に目を付けられますって」

「じゃあ偉い人が買うかも」


 カタリーナがぐい、と半身を乗り出して花とローラントの間に挟まった。


「でも、すごい! ノイマンの魔法陣は魔力量の規定量が刻まれているから、普通は超えない。花は何か特別なことがあるに違いない」


「そりゃあそうかもしれませんけどね。まあ、今回のスクロールも見せてもらいましょうか」


 カタリーナが花を誉めると、ローラントは少しつまらなさそうにした。しかし、店主としてはしっかり背筋を伸ばして丁重に花のスクロールを受け取る。


 例の箱だ。ローラントはじっと箱の挙動を見て、また花を見た。考えをめぐらすかのように目だけで天井の隅の方を見て、箱を見て、また花を見た。


「そうですね、効果量は7倍といったところ」

「ハンナ、すごおい。一つ買います」


「ひとつくらいあげるよ」「値段付けるの難しいので販売は少しお待ちください」


 カタリーナは花の腕から手を放して拍手をする。ぱちぱちぱち、と小さな拍手が響いて、途絶えた。花がローラントと目を合わすとウン、と彼が頷いたので、スクロールをカタリーナに渡す。


 それから花は残りのスクロールをカウンターの上に並べた。ローラントはそれを数え、電卓のようなものを叩く。やがて計算を終えたのか金庫の鍵を開けて、トレーの上に硬貨を並べた。


 金貨が積みあがっている。


 花はこの上ないほど笑顔になった。シラーの予測金額より少し少ない気もするが、浮遊の魔法陣に比べたら大金だ。入学準備や宴会を考慮しても十分だろう。


 そのあと花は少しだけカタリーナの買い物に付き合った。スクロールは売りに来るばかりで買うことがなかったので、買い物の様子が気になったのだ。


 スクロールの買い方にはいくつか方法があるらしい。魔術師が名前を公開して売るものと、匿名でスクロール店が効果を保証して売るもの。名前入りの方はそこそこ高い、指名料のようなものだ。


 花の浮遊のスクロールも陳列された。変なタグをつけられてはいたが……。


 長居してもやることはないので、買い物を続けるカタリーナを置いて花は店を後にした。相変わらず店の出入り口近くでは通信にノイズが入る。不便だ。


〈マスター、成果はいかがですか?〉


 花は嬉しそうに金貨の枚数を答えたが、シラーはしばらく沈黙した。


〈買いたたかれているのではないでしょうか、と言いたいところですが。マスターのスクロールは規格外すぎますから、難しいところですね〉


「ローラントさんにも規格外って言われたし、カタリーナにも似たようなこと言われたな。地球人だからかな」


〈データが不足しています〉


「だよね。まあいいや、なやんでも分からないし。せっかくだから宴会のこと、ジョアンヌも話してみようかな。バーンホフ通りのほうはあまりこないから」


〈献立の再試算が必要ですが〉


「いーじゃん、まだ二日あるし、送別会だし。ぱーっといこう!」


〈では、お答え次第で献立の再調整と買い物リストの更新を行います〉


 ジョアンヌの店に入るときも、でるときも花の足取りは軽かった。

 なんて気持ちのいい帰り道なんだろう。



〈夕方の開始に合わせて送別会向けの調理工程を最適化しました〉

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