第59話 予測不可能です
(魔力が多いとは言われてたけど、少し甘く見すぎてたかも)
花は水浸しになったせせこましい前庭を眺めながらそう思った。
昨日作った水の魔法陣を試しに使ってみたのだ。朝に散歩に連れて行ったクネーを洗うのにも丁度良い。
そこで以前、浮遊の魔法陣を試したときのように前庭でスクロールを握りしめて試し打ちをしたのだ。
「ああ、びしょぬれになっちゃった。あー、寒い」
〈マスター、相変わらず通常の10倍近い出力ですね〉
「シラー、予測できたなら言ってよ、もうちょっと気を付けて使ったのに」
〈データが不足しています。通常、魔法陣には出力する魔力量を指定する図式が編入されています。図式が正確である以上、既定の魔力量による出力を想定するのが妥当です〉
「意味わかんないよ、日本語で言って」
〈マスターのスクロールは魔法陣の図式を無視した効果を発揮するので、予測不可能です〉
なんとなく予想していたとおりの回答に、花はがっくり肩を落とした。
「はあ……、なんでだろう」
シラーの返事はなかった。憂い顔の花を心配したのか、クネーが細く鳴いて水びたしになった巨体で寄り添う。
「ありがとうね~、クネーはいいこ。びしょ濡れにしちゃってごめんね」
水に濡れてぺたんこになった長毛が、クネーの瞳の上にまで落ちている。花はクネーが視界を確保できるように長毛をかき分け、優しく撫でた。
そんな花の気持ちを知ってか知らずか、クネーは嬉しそうに尻尾を振る。そして、体に
ぶるるっ。びしゃ。
「ぐ、うう」
花はまたびしょ濡れになった。自分の前髪を
相変わらず嬉しそうだ。花はため息をついたが、飼い犬の嬉しそうな顔はたまらなく可愛い。もう一度頭を撫でてやった。
服は思いきり濡れてしまったが、少なくとも今回のスクロールがどんな風に使えるかは分かった。どのくらい水が出るかわかれば後は難しくない。
できるだけほどよい感じに調節して使えばいいのだ。
幸い、クネーも水が嫌いではないらしい。というか、水遊びだと思っているのかもしれない。
近所迷惑にならない程度に水を調整して洗えばいいだろう。なにしろ、先ほどの1枚はおそらく出力可能な水をいっぺんに出していた。もう一枚をゆっくり使えるように調節すれば何とかなるはずだ。
「はあい、クネー、もう一回行くよ~。おすわり!」
ぴたり。
飼い始めてそう長くはないが、しつけはばっちりだ。花はえさを買いに行くたびにジョアンヌの話を聞いていた。動物愛が深いジョアンヌなだけあって、飼い犬のための助言は毎回的確だったのだ。
「じゃあ、お水いきま~す」
花はめいいっぱい両手を高く上げてスクロールを持った。このスクロールは紙の端からホースを通したように水が噴き出すのだ。
「海、轟き、巡るもの。
まさに庭で水やりをするホースのような調子で、きれいな水がクネーの上に降り注いだ。クネーは外で水をかぶるのがよほど楽しいのか、大はしゃぎだ。水に向かって思いきりじゃれついている。
しばらくそうしていると、花の手が疲れてプルプルと震え始めた。思ったより長い間水が出ている。楽しそうなクネーに申し訳ない気持ちもあったが、もう限界だった。
花はスクロールを使い切るのをあきらめて紙を破った。こうするとスクロールの効果は強制的に中断する。
「クネー、いい子だね」
ぶるる。びしゃ。
花は三度水浸しになった。
〈乾いたタオルをバケツの中に用意しています〉
魔法が終わったと悟ったのか、シラーの腕が二本、室内から出てきた。大きなバスタオルをバケツから取って、片方がクネーを、片方が花を拭く。
「ありがとう、シラー」
〈いえ。それにしても、出力が調節できるようでよかったです。これであれば、発火の魔法陣と違って、いい値で買い取ってもらえるでしょう〉
「そうだといいけどね。前に寝起きに発火の魔法陣を書いたでしょ。あのときは上手く描けると思ったんだけどなあ、なんか夢からしばらくたって忘れちゃってるのかな」
〈紙にただ描くのと、魔法陣に魔力を込めて描くのとは違いますから。アカヴィデイアではそういった意味を込めて、魔法陣の描き方を学ぶ場所です〉
「ああ、しばらく別の魔法陣は書きたくないよ、シラー」
ひととおり体を拭いた花はクネーと一緒に室内に戻りながら言った。クネーは日当たりのいい南側の窓の
〈心配には及びません。浮遊の魔法陣とは需要が桁違いですから、ローラント店主もそういやな顔はしないでしょう〉
「わかったわよ。アデルモが帰ってくるまでもう少し描いておこうかな。それで明日持っていこう」
〈本日の出費はなかなかのものでした。早めにスクロールを売りに行くのはいい考えです〉
「アデルモが帰ってきたら教えてね」
〈もちろんです。夕食は今日の買い物を生かしたメニューにしましょう。きっと驚きますよ〉
心なしかシラーの機械音声は弾んでいた。
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