第57話 言いふらさないでくれよ
「シラーはうちのAIなの」
「エ~アイ? 有名な魔法陣なのか? 俺、魔法は詳しくないんだよな」
〈魔法ともいえますし、そうでないとも言えます。魔術師グリューネヴァルトの遺産によりこのようになりました〉
聞きなれない単語となれない話題にクライン卿は首を傾げた。
シラーは自分をアピールするかのようにアームで力強いボディビルダーのポーズを取っている。
「まあ、とにかく魔法陣ってことだな」
クライン卿は考えるのを辞めてしまった。それからシラーの腕に驚いたことを丁寧に謝ると、その硬い手と握手した。
「そうね。もしかして魔法苦手なの?」
シラーへの警戒具合だけでなく、クネーにたいする驚きようを思い出しながら花はたずねた。
クライン卿は首を振って否定すると、気が進まないのだが、と前置いて幼少期のことを花に語って聞かせてくれた。
曰く、小さいころに大型犬に追い掛け回されて怖い思いをしたとか。犬にとってはただのたのしい追いかけっこの遊びだったようで、クライン卿を捕まえるわけではなくひたすらつかず離れず追いかけてきたらしい。
クライン卿自身は大きな犬から逃げるのに必死で、とうとう走り疲れて大号泣してしまったのだという。
「言いふらさないでくれよ」
クライン卿は真面目そうな顔を作ってそう言った。
「わかったよ。シラーもね」
〈はい、マスター以外に聞かれたときは、機密情報ですとお伝えするようにします〉
「わざわざ聞くやつなんているのか?」
さあね、と花は肩をすくめた。それからは共通の知人であるバルバラと、ヘルガ親子の話で盛り上がった。
じつはヘルガ親子のすんでいる長屋はバルバラが大家になっていて、行き倒れそうになっているところを拾ったらしい。今朝のように自分の家の手伝いをする代わりに部屋を与えられているという。
「バルバラって意外とお金持ちだったんだね……」
「まああの人にはこれくらいあって当然というか、少ないくらいだけどな」
「ええ、不動産持ちが当然なの? 大地主の一家だったとか? それにしてはご家族を見かけないけど」
「まあそんな感じだな、家族からあまりよくしてもらえなくて、こんな郊外に一人で住んでる。本人は気楽で楽しそうだけど」
「そうなんだ……いい人なのに大変だね」
クライン卿は苦笑いした。
「いい人すぎるのかもな」
たしかに、バルバラくらいいい人すぎるとヘンなツボを買わされそうだ。
「私もここに来た時助けてもらったし」
「俺も昔、いろいろ助けられたし」
そうして二人は目を見合わせてどちらからともなく微笑んだ。
「さて、そろそろバルバラの買い物がひと段落つくころだから迎えに行こうかな。ヘルガさんの仕事が終わるまであのあたりで待つのも大変だろうし」
よく見るとクライン卿の短髪はもうすっかり乾いていた。
「じゃあ私も一緒に市場の方に行こうかな、食材だけは買いに行かなきゃ」
〈では、買い物リストを作成します。この1週間で消費した常用の食材の補填に必要なのは〉
フンフン、と花はシラーの読み上げる食材たちに頷きつつ、仕事帰りのスーパーでよく使っていたエコバックを手に取った。
外に出る準備を改めてする花を眺めながら待っていたクライン卿だが、花が玄関の方へ向かうのを見て、ようやく席から立ち上がった。
「じゃあ、今日はどうもありがとう。また機会があったらアデルモと会わせてくれよ。武闘大会には一応関わってるから、出場予定者を間近で見たい」
「出るの?」
「出るわけじゃないけど、まあ、運営側ってとこだ。審査はしないよ、お手伝いさ」
「アデルモに言っておく、また今度ね」
「ああ、手紙を書くよ」
二人は連れ立って市場へ行った。
バルバラを見つけ出すのはそう難しいことではなかった。クライン卿を見るたびに市場の人々がどうも、と挨拶をしてバルバラの動向を教えてくれたからだ。
クライン卿がバルバラを探してここにやってくるのは1度や2度ではないらしい。
野菜の入ったカバンを持ったバルバラは、市の隅にある人通りの少ないカフェテラスで見つかった。
「バルバラ、迎えに来たよ。買い物は終わった?」
バルバラは声をかけられてようやく顔を上げ、じっとクライン卿を見つめた。
「あなた、その顔はあの子ね、あの子」
「クライン」
「そう、クライン。買い物はまだしてないわ。いつもありがとう」
「まだしてないのか? 鞄に野菜が入ってるよ」
「野菜? ああ、ほんとだ、いつ買ったんだろうね。となりのあなたはあれね、向かいの子」
「ハンナです」
「そう、ハンナ」
バルバラははきはきとしゃべって立ち上がった。クライン卿が支えようと手を伸ばすと、いらないという風にシッシと手を振って、
「この子こんなことするの、元気なのにね」
と文句を垂れた。珍しい。
クライン卿がここからはバルバラを見るからまた、と言うので、ハンナも会釈をして彼らと別れることにした。
去り際、バルバラが
「クッキーを取りにおいでって言っておいて。それからこんど一緒に夕食を食べましょう」
とハンナに向かって大きな声を上げた。
「はあい」
花は大きく手を振った。
〈買い物リストを確認しますか?〉
「そうするわ、食材の相場とか、また助けてね」
久しぶりの買い物に花は心が躍った。さあて、何を買おうかな。
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