第25話 それなら心当たりがあるわ
ヘルガの後ろに居たのは、カーヤ、ジョアンヌ、コリンナ。中に案内してダイニングにみんなで座ってもらう。
それから、遅れて帰宅したアデルモ。何が何だかさっぱり、という顔で彼も輪の中に入った。シラーは、ソファの隣で彫刻のふり。
まず、ヘルガが口火をきった。
ヘルガの勤める食堂は近頃客足が遠のいて、ヘルガの給料も減らされてしまった。仕方なく食堂を開ける時間を延ばして、ヘルガも仕事の時間を延ばすことにしていた。
事の発端は昨日の夜、仕事の合間にカーヤに夕食を作りに戻った時。なんとカーヤは食パンを持っていた。それも1斤。
「おねえちゃんがくれたよ。クネーのへるしー? ごはんをかいにいったついでだって」
ヘルガは驚いた。それにしても1斤まるごと? ありがたいけど自分と娘じゃカビる前に食べ切れないかも。
「明日お礼を言いに行かなくちゃ、どうしましょう?」
「パンがうれなくて、こまってる人が、いたんだって、人だすけだから、きにしないでっていってたよ」
ヘルガはため息を吐いた。こんな上等なパンが売れないなんて、よほど高いのかしら? 十分なお礼ができればいいけど。
ともかく食堂の会計も火の車だ。腐らせるくらいならと珍しい形のパンを半分持っていくことにした。
ヘルガが作ったのはサンドイッチ。他の店員の賄いにしようと思ったが、常連の一人がこう言った。
「ちょっと、俺にもそれ、食べさせてくれないか? 金は払うからさ」
店長の顔色をうかがうヘルガ。彼は一にも二にもなく頷いた。
「こいつぁうめえ。それに珍しい」
男はサンドイッチをほおばってそういった。
「フワフワが多いところが最高だ。それにすぐに食べられる。親父さん、注文は受けてるかい?」
このパンは偶然手に入れたもの、ヘルガは必死に首を振ったが、店は儲け話を無視できなかった。
「へえ、何人前で?」
男は食べ終えた後のパンくずを摘まんでこう言った。
「明日の夕方、月に二回の船が来る。その船員、50人前だ」
店が閉まった後、ヘルガは飛んで家に帰った。50人前? 半斤で足りるはずがない。どこで買ったのかハンナに聞かなくちゃ。
翌日、早朝に外に出たヘルガ。ハンナはまだ起きていないらしい。困った、早くしないと夕方に間に合わない。
そこへバルバラが通りがかった。
「ヘルガ、そんなにあわててどうしたの?」
「ハンナが昨日買った、売れないパンが欲しいんです。バルバラ、何かご存知ですか?」
「そうね、分からないけど、他には何か聞いてない?」
「健康なドッグフードを買いに行ったと聞きました」
それを聞いたバルバラがにっこり笑った。
「ああ、懐かしい。まだ売っていたのね、なんだか嬉しい。それなら心当たりがあるわ」
次にジョアンヌが口を開いた。
ジョアンヌはハンナが去った後、パンを売るメイドを気にしていた。きっと昔話をしたせいだ。あの子のパンは売れるといいのに。
幸い休憩所はペットショップの2階からよく見えた。ハンナがパンを買っていくところも。
ジョアンヌは居てもたっても居られず立ち上がった。店の扉に「休憩中」の札を引っ掛けて、メイドの所へ走っていった。
「お嬢さん、パンをひとつ下さい」
コリンナは笑顔でこう言った。
「もちろんです!」
「それで、どこの屋敷で働いてるの?」
「ハウプトバーンホフを真っ直ぐ行った所にある、イステル伯爵家です」
時間を忘れて話し込んだ。仕事やこの街のこと。ジョアンヌは眩しいコリンナに胸が締め付けられるようだった。ああ、こんな気持ち、ずっと忘れてたわ。
次の日、店に妙な客がやってきた。
いかにもレミトロフ以南の住人らしく
その日のジョアンヌは心が広かった。だから不審に思いながらも少し扉を開いてこう聞いた。
「一体なんの用?」
女は土下座しそうな勢いでこう言った。
「昨日、ハンナが、可愛い魔術師の女の子が来ませんでしたか? あの子が買った、売れないパンを置いてる店を探してるんです」
ジョアンヌの心は飛び上がらんばかりに喜んだ。なんてこと! 買い手が見つかった!
ジョアンヌは早々に店を閉めることにした。この機会は逃せない。
女はヘルガと名乗った。下町の食堂で働いているという。話を聞けば、売れないパンで作ったサンドイッチが好評で、パン屋を探しているらしい。
高ければ沢山は買えないけれど、店から幾らか持たされた硬貨で、なんとか半分はあのパンを使いたい、とヘルガは言った。
ジョアンヌはペット達を運ぶ荷馬車を駆り出した。そういうことなら急がなくては。
「早く乗りなさい、イステル伯爵家へ連れて行ってあげる」
「伯爵家!?」
ヘルガの声が裏返った。自分にはついぞ関わりのない所。
ジョアンヌはその様子を見てニヤッと笑った。魔術師の名前を出せば、メイドに取り次ぐくらいはしてくれるはず。
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