第22話 あなたもお嬢様大好き協議会に入りませんか!?
「それにしても、何か悩みでもあるんですか?」
白パンを持ったまの花に、コリンナは聞いた。
花が不思議そうに首を傾げると、コリンナが白パンを指さした。
「さっきから進んでないから」
「あっ」
今更あわてて白パンを頬張るのもおかしな気がして、花はあたりさわりのないように話をした。
「お金に困ってる人がいて、助けたいと思ったんだけど、受け取ってもらえないのよね。受け取るわけにはいかないって」
それを聞いたコリンナは、ふっと不敵な笑みを浮かべて足を組んだ。
「さてはあなた、お屋敷勤めたてのほやほやのメイドですね!?」
「はい?」
花は自分の服装を見下ろした。そうか、同業者と思われたのだ。
「心配しないで」
コリンナは立ち上がってとん、と鼻の方に手を置いた。そしてキメ顔でおさげ髪を背中の後ろにひらりと流し、花に視線を合わせる。
「あなたの悩みは、メイドにはよくある悩みです。お嬢様大好き協議会の私が、導いて差し上げましょう!」
お嬢様大好き協議会。花は、思わず頭の中でアデルモにドレスを着せた。なるほど、置き換えて考えればいいだろう。
「よろしくお願いいたします」
コリンナは鷹揚にうなずいて、椅子に深く腰掛けた。
「いいですか、あなたのお嬢様が素晴らしく、かわいくて、守りたいという気持ちはよく分かります」
異議がないわけではないが、花は静かにうなずいた。
「けれど、先走ってはいけません。特に大金や命、あなたの一生をお嬢様に捧げるときは特に、お嬢様の気持ちをよーーく考えてください」
コリンナはずいっと身を乗り出して、花に顔を近づけた。気圧された花はゴクリと生唾を飲む。
「大きなものには、大きなものなりの、価値があります。そして同時に、重荷にもなります。大切なのは、お嬢様の重荷にならないようにすること。そして、私たちの思いを、素直に、けれどお嬢様を思いやってお伝えすることなのです」
花は頷いた。なるほど、つまり。
「伝わらなければ、意味はない、ってことね」
ばーん! コリンナが机を叩く。
「まさか、意味がないわけなんてありません! 伝わらなければ意味がなければ、いったい何人の使用人の一日が無駄になると思いますか?」
教師を気取っていた先ほどと違い、コリンナの瞳には驚くほど真摯な思いが込められていた。
「私たちの一日、一日の仕事は、たとえ伝わらなくても意味がないなんてことはありません。洗濯、掃除、配達……どんな仕事でもです!」
花は姿勢を正して、二つ目のパンを紙の上に置いた。コリンナの言葉から伝わる気持ちが、花にそうさせた。
「私たちのお嬢様は、私たちとは違う世界の人です。メイドには想像しえないご苦労もあります。だから、重荷にならないように配慮するのは、私たちの務めです。けれど、」
コリンナは一層真剣に花を見つめた。
「あなたの仕事に、意味がないとは思わないで! 成果がなくても、思わないで。そう思えなくて協議会をやめていった子を何人も知ってます。だけどあなたはまだまだこれから」
コリンナは自分の胸元で両手を組むと、夢でも見るように空を見上げた。
「私のお嬢様は素晴らしい方です。幸いにも私たちの仕事に大変気を配ってくださいます。けれど、毎日、すべての仕事を分かっているなんてできません。だから、伝わらない日も、頑張るんです!」
花は、ジョアンヌを思い出して痛ましい気持ちになった。それで、つい出来心でこう聞いた。
「本当に、だれも気に留めてくれなかったら? ある一日じゃなくて、ずっと。誰にも望まれていないと思ったら、どうするの?」
コリンナは両手をほどいて、花に向き直った。
「ありえないと思いますが、そういう時は、努力が、あなたにもたらしたものに目を向けてください。……メイド、やめないでくださいね。ときどきひどい扱いをするお屋敷もあって困るけど、とっても素敵な仕事です」
コリンナはにっこりと笑った。花にぶつかってきたときとはまるで違った、大人びた顔をしていた。
アデルモの気持ちを考える、か。今日一日一緒にいたシラーに、あとで聞いてみよう。
「と、いうことで、あなたもお嬢様大好き協議会に入りませんか!?」
ここまでくると、どうもメイドだというのが言いづらく、花は残った食べかけのパンを平らげて、パンかごを手に持った。
「あー、コリンナさんこそ、パンを売るところを探してるんですか?」
コリンナは、はっと自分の口元を抑える。そして両手を思いきり伸ばして道の長さを示すとこう言った。
「そ、そうでした! ハウプトバーンホフを端から端まで行って、今日が最後なんですが、どこにも買ってもらえなくて」
がっくりと肩を落とすコリンナ。
花は籠をじーっと見た。2人で食べるには少し多いかもしれないけど……。
「パン全部ください。この間の買い物の時に、買ってなかったのでちょうどいいです」
「いいんですか!? ほんとうに? ほんっとうに後悔しませんか?」
どうしてそんなに念を押すの? と思った花は、近くの馬車を指さされて、ぎょっとした。
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