第11話 完全に、歓迎されてる!

 無知は罪だと言う。では、自分自身の力について理解が及んでいないことも、罪になるのだろうか。


 エッポの骨董店の入り口にいる男は相変わらず粗野だった。花が扉を叩く前にがばっと大きく開いてまじまじと観察してくる。


「おっ、昨日の嬢ちゃん」


 男はじょり、と自分の短く切ったあごひげを撫でながら、札を見せるように促した。

 花が出来立てほやほやの札を渡すと男は片眉を上げて難しそうな顔をした。


「あ~認定魔術師じゃないのか。それで、仮発行札? どうかなあ、通れるかな。痛い目に会うかもしれないが大丈夫かい」


「痛い目?」


〈この店は入店者を選びます。力が弱すぎると痛い目にあうと言われます〉


「データはないの?」


〈グリューネヴァルトは常連でしたから、痛い目にあった記録はありません〉

「記録だって? 取るわけないだろ、背伸びして入ろうとするから悪いんだ」


「なるほど」


 花は男の腕の下を潜って中へ進んだ。特に変化はない。歓迎されている感じも拒絶されてる感じもなかった。


(なんだ、普通じゃん)


 奥を見る。そこにはもう一枚重そうな扉があった。手すりのように長い取っ手が固定されているそれを指さして、男は釘を刺した。


「いいか、どうなっても知らないからな。有名な魔術師でも店が気に入らなければ追い出される。

 気合い入れて開けろよ」


 花は取っ手に手を伸ばした。


「まあ落ち込むなよ、仮発行札だし、そんな未熟な魔術師が歓迎され……」


 取っ手は暖かかった。握った途端木の感触がして、そこから枝が伸び新芽が芽吹き、つぼみを作って花を咲かせる。


「る、わけ……」


 男は驚いて口を開け、適当にかぶっていたベレー帽を、祝福を受けるように片手で持ち上げた。

 扉から徐々に部屋全体に広がるように、宙に小さな光が舞っては、ぱっと弾けて光の粉を降らせる。


 ヒュ~ウ。男は口笛を吹いた。


「完全に、歓迎されてる!」


 そして花の方を見た。目で見る魔法に夢中の花は男と視線を合わせなかったので、男は花の頭をがしっとたくましい両手で捕まえた。

 彼の瞳はキラキラと輝いていた。


「おめでとう、いらっしゃいませだ!」


 そう言って男は花の背中を押した。


「わっ」


 バランスを崩して扉の向こうに倒れた花を待っていたのは、大きな穴。あわてて鞄を抱き締めたが顔の横を風が切り、ものすごい勢いで滑り降りている。


「わああああっ!」


 真っ暗な穴から解放された時には、朝シラーに整えてもらった髪はぐしゃぐしゃになっていた。


「ようこそ、偏屈魔術師と偏屈じじいの趣味の集積、エッポの骨董店へ」


 妖艶な女の声を聞いて、花はよたよたと立ち上がった。まだ少しふらふらしている。


「入店に余興もつけるなんてものすごい歓迎っぷりね」


 女は煙管から灰をコツコツと落として感心したように言った。

 薄暗いムーディな明かりの下で、うす茶色の彼女の髪は時折金色に煌いた。この国の女性には非常に珍しく短く切りそろえられた髪に、花はこだわりを見た。

 女は煙管を置き、紫に染められた長い睫毛で瞬いてカウンターから出てくる。


「無名だから知らないかもしれないけど、ここは昔魔術師グリューネヴァルトが大規模な魔法陣を施したの。彼の生涯で唯一の功績ね」


 その常連の男、花は知っている。


〈顔認識に類似データを発見しました。創業者であるエッポ・リーパーと78%の相関が確認されました〉


 なるほど、親戚なのか。花はぐるりと骨董店の中を見渡した。豪奢な絵の付けられた壺や、金箔の貼ってある人形に交じって、なんてことない波打ったような注ぎ口の小さなガラス瓶が混じっている。


「ああ、それが気になるの? 中身が入っていればずいぶんな値が付くらしいけど、アタシが引き継いだ時は空だったのよね。……それより」


 女は私の前に立った。


「両手を出して、アタシから聞いてあげる。あなたの欲しいものは何?」


 不思議なことばかり起こっているが、不思議と怖くはなかった。新しくて奇妙なことは、花の心を躍らせる。

 花はちらちらと揺れる紫色の睫毛を見つめながら答えた。


「かけがえがなくて、素敵で、それから何より、心を豊かにするものかな。ピンときたもの」


「わかったわ」


 女は花の両手をつかんでぎゅっと握りしめ、目を閉じだ。握られているところにどんどん熱が集まっていく。同時にスゥ、と深く息を吸い込む女も、尋常ならざる様子で小刻みに震えた。


「あつっ!」


 熱はとどまることを知らずあまりの熱さに花は声を上げた。女も痛そうな叫びをあげてぱっと身を翻し、たたらを踏む。


「ちょっと、強すぎるわ。今日はもう一日使い物にならないじゃない、


「すみません」


 花は何もしていない。ただ彼女が痛がっていたのは自分に原因があるようだったので、しおらしく謝った。


「いいわ、店の歓迎に免じて許してあげる。それと、これよ。あなたにおすすめなのは」


 それは一本のペンだった。シンプルな黒色に金色の上品な装飾。


「その昔、天子の弟子であった魔術師が使った、と言われるものよ。出回ってるものは粗悪な模倣品だけど、これは……伝説はともかく素材は一流。

 霊峰の頭頂部の石を加工して作られたものだわ。魔力のとおりが良く頑丈、魔術師が使えばインクもいらない。魔法陣を書くには最適ね」


 花は咳ばらいしてシラーに解説を求めた。


〈霊峰、天の大陸への近道とされています。霊峰を踏破することは非常に困難ですが、深く入るほど貴重な魔術素材が取得できます。

 確認できる限りのデータでは、そのペンに霊峰最深部の素材が使用されているのは間違いありません〉


 花は値札を見た。今日こそ、と思ってそこそこ硬貨を持ってきたつもりだったが、ギリギリだ。でもここには消費税はないし、買おうと思えば買える。


「買います」


〈ああ、マスター……現地の服を買うお金が無くなりますが〉


「一期一会だもの」


〈観測した限りでは明日朝にはバルバラが訪ねてきますよ。家に上がるのに服を新調しようと今朝の会話では記録されていますが〉


「服はまた別の日でも買えるわ、こちら、代金です」


「お買い上げありがとう、お嬢さん。あと、あなたの力、早く師匠を見つけて落ち着かせて頂戴ね。まったく大変だったんだから」


〈全財産の半分ですが、よろしいですか? 価格としては適性ですが〉


「未来への投資ってワクワクする!」


〈肯定的な返答を確認、タスクに追加された収入源の確保計画が再検討されます〉


「このペンもお客様に見つけられて幸運だわ」


 花は小さな包みを両手で恭しく受け取った。これで魔法陣を書き写したら魔法が使えるかも。

 シラーの心配とは裏腹に、花は魔法のペンに心を躍らせながら帰宅することにした。


〈試せるように簡単に作成できる魔法陣を準備しておきます〉

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