コレクション3 居候の宝の対価

第9話 予定を登録しました


 柔らかで、優しいもの。無力で愛らしいもの。人を惹き付けてやまない、可愛い可愛い、一匹の子犬。


 ***


〈マスター、ご報告したいことがあります〉


 市役所からの帰り道、花は乗合馬車を使うことにした。家からずっと遠くに来たから、公共交通機関に恵まれて育った花にとっては歩いていられないくらいの距離があったからだ。


「報告? 家で何かあったの」


 乗合馬車には市場に居た人達よりも幾分か裕福そうな装いの女性がお互いに身を寄せあって座っていた。


〈そうと言えばそうです〉

「乗合馬車に乗るから、その話後でいい? 代わりにこの国のファッションについて知りたいんだけど。新しい服が欲しいし」


 出来心でシラーにこの世界のファッションについて聞いてみた。ちょっとお洒落風の女性を近くでずっと見ていられるのはこれが初めてだったからだ。


〈現代日本で取得可能なファッションに関するデータはインストール済です。

 現代に至るまでの服飾関連情報に基づいた予測を聞きますか?〉


 花は咳払いで誤魔化しながら、「よろしく」とシラーに伝えた。


〈本日観測した女性の94%は、腰元に広がりのあるワンピースを着用していました。

 68%の女性はワンビースに取り外し可能な飾りを施しています。また、庶民は憧れの貴族階級の装いから着想を得ていると推察され、その確率はおよそ76%です。

 従って、現在貴族階級の女性には、腰から広がりのあるドレスを飾り付けることが流行していると推察されます〉


 花はシラーが話している間こっそり目の前に座った女性の服を盗み見ていた。確かにワンピース薄手のカーディガンを羽織っていて、その縁には繊細な刺繍が施されている。身につけた手袋を折り返した裏地にも鮮やかなステンシルの花が咲いていた。


 不躾にならない程度に観察して、自分の買う服についても想いを巡らせる。

 そうしているうちに自宅近くの駅に到着し、花は乗客に気を遣いながら馬車を降りた。


「やぁだ! ママ、おーねーがーい!」


 降りた場所、静かな住宅街に子供の高い声が響いている。彼女の目の前にはボロボロの布の上に体を休めるみすぼらしい子犬がいる。


「カーヤ、お世話するのにもお金がかかるのよ。あなた自分のお小遣いでエサを買ってやれる? 近所の人を襲わないよう躾られる?」


 母親が腰を屈めて女の子を諭す。


「できるもん! わたし、できる。ねーえ、ママ、お願い。このままじゃ死んじゃうよ、つれて帰っていいでしょ」


〈まだ小さな犬ですね。まだ母犬の庇護が必要な時期です。確かに放っておけば衰弱して死んでしまうでしょう〉


 花は一瞬、その子犬を連れて帰るべきか、否か迷った。けれどダメと言い張る母親に隠れて女の子が後ろ手で犬を拾い上げ、連れて行った。

 花は安心して家に帰るまで暫くの間、カーヤと呼ばれた女の子の手のひらの上の犬を見つめていた。


「私も動物飼いたいなあ」

〈マスターはアレルギーはありませんか?〉

「ないよ。犬は可愛い上に門番にもなってくれるし……、血統書付きの犬とか飼ってみたい」

〈血統書はありませんが、富裕層御用達の血筋のいい動物のみを扱うペットショップがあります。

 外国から輸入された珍しい動物も扱っていますよ〉

「じゃあ、そこも行くとこリストに追加ね」


 駅から家はすぐだった。何しろ駅の名前が研究所駅で、家からひとつ向こうの角にあったからだ。


 研究所の入口には門があって、外から中を一望することはできない。代わりに、玄関は鍵を差し込めば開く透明の自動ドアになっていた。団地型の大きなマンションの入口によくある形だ。


 今日はその自動ドアの向こうに花を出迎える影があった。油断していた花はその木製の大きな腕の彫像にぎょっとして立ち止まる。


〈ご報告したいのは、この事で〉


 シラーがそう言うと腕の彫像は花を伺うようにゆっくり動いて、お辞儀のような仕草をした。


「きゃああっ! 動いた!」


 物凄い勢いで後ずさる花に腕も怯えてビクッと後退した。


〈マスター、落ち着いてください、私です〉


 シラーの声が通信機マイクロカムではなく腕の彫像から聞こえてきた。


〈お荷物をお持ちします〉


 そう言って差し出された腕に恐る恐る近付いて、花は役所で受け取った書類を渡した。


「報告したいことってこれ?」


〈ご不在時の報告はこれを含めて全部で2件です。

 義手の試作品が見つかったので接続しました。これによりひととおりの掃き掃除を終えました。

 報告は以上です〉


「なるほど。魔法か、私も使えるのかな?」


〈マスターはローカライズに際してグリューネヴァルトの知識も魔術師として得られているはずです。

 まだ魔術が定着していないのかもしれません〉


 シラーがそう言うので花はそれからうんうんと瞑想をしてみたが、結局魔術の記憶は思い出さなかった。

 代わりにシラーが腕を使えるようになったので、遺産の継承用の書類を代わりに書いてもらうことにした。


「明日は南支所に直接行くわ」


〈書類の提出ですね〉


「そのあとは骨董品店かなあ」


〈予定を登録しました。おやすみなさい、マスター〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る