第7話 注文はいくつ?

 ショッピングという癒しの時間。それが新しい場所、それも異世界ともなれば、まるでテーマパークにでもいるような気分だ。


 ただ、花は財布にそれほど沢山のお金を入れていなかったから、使いどころはよく考えなくてはいけない。


(ああ、こんなことなら有り金全部持ってくるんだった!)


 花は歯噛みした。しかしない袖は振れないから、ひとまず目についた屋台にふらふらと歩み寄っていく。


 その屋台は軒先に大きな肉の塊を展示していて、肉に塗られた甘辛いソースの香りが食欲をそそった。店の周りに客も幾人か集まっていて、注文を受けた店主が肉や野菜を鉄板で焼き、トルティーヤのような薄皮で包んでいく。


〈これは下町名物のラーィズ。メキシコ料理のブリトーによく似た料理です。ここでは穀物の皮に千切りの葉物野菜と甘辛い味付けの肉を包んで食べるのが一般的です〉


 目の前に並んでいた男は焼きあがって塗りなおされたソースが包んだ皮からこぼれんばかりの肉の塊を店主から受け取った。我慢できないのか花の目の前の列からずれて、すぐに大きな口でかぶりつく。肉汁のじゅわっと溢れる音が聞こえてくるようだ。


「お昼はここにしよう」

「そりゃあどうも、お嬢さん。注文はいくつ?」

「ひとつで」

「じゃ、銅貨2枚ね」


〈銅でできた四角い硬貨が銅貨です。銅貨2枚で安いランチ一回分程度の値段です〉


 花は言われるままに銅色の四角い硬貨を店主に渡した。チャリン! と硬貨を袋の中に落とすや否や、店主は流れるような手つきで店先の肉の塊からひと欠片、ふた欠片大きく削ぎ取った。

 肌色のスジの見える肉を鉄板の上にほうり出すと、肉の塊のはぎとられた箇所に大きな刷毛でソースを塗りなおす。



 シラーは花が静かにしていると、主人のの意志や要望と関係なくうんちくを語り始めた。


〈ブリトーは大別してアメリカ合衆国のものとメキシコ北部のものがありますが、このラーィズは極めてシンプルな米国風ブリトーともいえますね。具だくさんの大ぶりなブリトーで、手早く食べることのできる昼食のようなものです〉


 アツアツの鉄板の上で肉が躍った。暫く焼いた肉にたっぷりとあの甘辛ソースを掛ける。油のはじける音を横に丸く成形された皮が焼き直され、店主は片手で素早く野菜を敷き詰めた。


 そして、とうとうあの甘辛いソースがたっぷりの肉が新鮮な野菜とあたたかい柔皮に包まれる。折りたたんだ皮を鉄板に押し付けて焦げ目を付け、店主は受け渡し用の鉄の皿に完成したラーィズをのせて差し出した。


「ほらよ、ひとつでおなかいっぱいになるぜ!」

「ありがとう!」


 花は両手でそのあつあつのラーィズを受け取ると、立って食べる幾人かの真似をして空いた場所に歩いて行った。つくやいなや、我慢できずに大きな一口で、がぶり。


 外はカリカリ、中は生春巻きのようにもっちりした皮を突き破って、花は熱々の肉を噛んだ。噛まれたそばからあふれ出る肉汁がつやつやの甘辛ソースと混じって野菜に絡みついていく。

 ふかふかの野菜のベッドが分厚くて味気ないかと思ったが、そんなことはなかった。包む直前に野菜に絡められたドレッシングが柑橘類のさわやかな香りと、マヨネーズのような滑らかなコクで主役の肉を彩っている。


 花は夢中になってラーィズをほおばった。


「はふ、」


 気付いたら手の中の素敵な食べ物はすっかりなくなってしまい、花はこの上なく幸福な満腹感に包まれていた。


(かなりおなか一杯になっちゃった)


〈ビタミン、たんぱく質、炭水化物を含んだほどよいバランスの食事でした。夕食は脂質を控えめにとるといいでしょう〉


「……シラー」


〈はい、マスター〉


「私のことを思って、そういうのは少なめでお願いしていい?」


〈わかりました。健康管理ウィザードを無効にし、基礎項目の助言を有効にします。急激な体調変化や長期にわたる栄養素の適性摂取過不足などの場合に助言が参照されます〉


「それでOK」


 こそこそと一人で話す花に、近くに立っていた女が怪しげにちらちらと視線を送ってきた。お腹の落ち着いた花はようやく歩き出して、ある店を探すことにする。


〈マスター、お探しのものがあればお手伝いできるかもしれません〉


「ほんとに?20年前とずいぶん変わってるって言ってたからどうかな」


通信機マイクロカムから確認できる範囲で適宜情報をアップデートしています。観測範囲は道なりに長く、データベース検索も可能です〉


「ううん、とりあえず、リサイクルショップか、骨董店を探してるのよね。ああいうところって掘り出し物の宝の山だから」


 花は袖口で口元を隠してぼそぼそと話した。


〈この国ではリサイクルショップはあまり一般的ではありません。質屋と骨董店ならあるでしょう。もっとも近いのは、先ほど通り過ぎた右手の横道に侵入して三軒目にある骨董店です〉


「あれ? 通り過ぎたの?」


〈横道でしたから、見落としたのでしょう〉


「じゃあそこに行こうかな」


〈目的地を設定しました。道案内を開始します。目的地まで、徒歩約2分40秒です〉


〈目的地の名前は、「エッポの骨董店」です〉

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